"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

●韓国ドラマについて

橋田寿賀子の韓国ドラマ批判について に再トラックバック


 まず、くどいようですが、どうでもいいことなので余り乗り気じゃないんです。でも橋田氏がかわいそうなので、少しだけ。興味の無い方は飛ばしてください。

 僕がcxz00061さんに同意できないのは、橋田氏をプロとして失格といい、負け犬だとみなしている点と、それ故に橋田氏が韓国ドラマを批判することを認めない点です。僕は橋田氏のドラマのファンでもないし、またその意見が妥当かどうかもわかりません。でも彼女の気持ちはとてもよく分かるし、また彼女はドラマ作家として負け犬などでは決して無く、それどころか、それを言う十分な資格があると思うわけです。

 cxz00061さんは、橋田氏(あるいは日本のドラマ)が避けてきた手法が今の視聴者に受けているのだから、そういったドラマを作れなかった橋田氏は負けを認めるべきだとおっしゃいますが、果たしてそうでしょうか。

 まず、前にも言いましたが、日本でも同じようなドラマは昔たくさんあったのです。記憶喪失、すれ違い、常套手段でした。でも、粗製濫造が過ぎて飽きられたのと、バブルの雰囲気と合わなかったことで廃れていったのです。当時のトップアイドルが主役でゴールデンタイムに高視聴率を取っていたのです。だから僕はこのブームは一種のリバイバルだと思っています。
 また、受けているからそれで良しとするのはポピュリズムであり、資本の論理、視聴率至上主義そのものではないでしょうか。もちろん、受けているのには理由があるのであり、視聴率至上主義の番組制作者(テレビ局)は謙虚に受け止める必要があるでしょうし、ましてや批判する立場には無いでしょう。しかし、対象が何であれ、受けていようがいまいが、良くないものは良くないのです。これはドラマに限らず言えることだと思います。
 では橋田氏は番組制作者と同じ立場なのでしょうか。僕は違うと思います。彼女は彼女の与えられたドラマの仕事をするだけであって、他のドラマすべてをどうこうできるわけではないからです。彼女が書いた台本が気に入られなければ採用されないまでの話です。

 では、果たして橋田氏は負け犬なのでしょうか。そして橋田氏のドラマはつまらないのでしょうか。

 橋田氏はドラマ作家としての掟を貫いて生き延びてきたのであり、好みの問題は別にして、そのことに対しては敬意を表すべきだと思います。質を落とさずに高視聴率を取れるドラマを作ってきたという自負があるからこそ、今回あえて釘を刺したのであり、私はその点で橋田氏を認めます。
 バブル全盛期、ホームドラマの終わりが叫ばれ橋田氏も仕事を干されました。これは戦争世代がテレビのチャンネル権を失っていった時期にあたります。「おしん」の路線ではもう受けなくなってしまった。そこで苦しんだ末に放った逆転ホームランが「渡鬼」だったのです。「渡鬼」は人生の苦労ばかりを伝えるものではありません。その点が「おしん」から進化した点であり、現に高視聴率を取っています。しかも、その視聴者と韓国ドラマの視聴者は一部重なっています。決して橋田氏は負け犬ではないのです。彼女は作れなかったのではなく、「作らなかった」のです。

 では橋田ドラマはつまらないのでしょうか。確かに橋田ドラマに飽き足らない人たちは沢山います。でも、それはそれで他のドラマを見ればよいのであって、つまらない人が10万人いたからといって、20万人がそのドラマを見ていればつまらないとはいえないでしょう。マンネリ批判ということであれば、いささかシニカルですが、僕には記憶喪失に代表される同じようなプロットが何度出てこようと面白いというのと、印籠が何度出てこようと楽しいというのとは本質的に何ら変わらないように見えます。韓国ドラマもマンネリ化して行かざるを得ないのです。橋田ドラマのすごいところは、マンネリといわれても結果を出し続けているという点なのです。
 韓国ドラマが新鮮に映ったことは確かですが、本当に革命的な、今まで無かったようなものではないと思います。昔のファッションがはやるのと同じでやがて収まっていくと思われます。その中で何人かの俳優や女優は後も人気を保ち続けるでしょう。

 ドラマ作家から言わせれば、「プロット自体はおそらくオーディエンスにとってどうでもよ」いということを認めることは自殺行為だと思います。誠実に仕事をしている人ほどそう感じるでしょう。なぜなら、プロットに命を懸けているのがドラマ作家だからです。これはストーリーテリングの命であり、大げさに言えば、有史以来の長い時間的蓄積を経て出来てきたものです。たとえば、ボーイミーツガールというのは時空を超えて普遍的なドラマの要素ですが、これが廃れるとは思えません。しかし、日常にありえないような展開を何度も見せられれば、うそ臭さが鼻についてきます。長い目で見れば、やはりそういったドラマは下火になっていくと思います。問題は、日本の放送界にドラマを作る力そのものが無くなっていっているように見受けられるところです。その原因は、前回も述べたジャ○ーズだと僕は思います。

 後段の「掟」と国家状況については、なぜここに内政干渉とか植民地とか左翼とかが登場してくるのかさっぱり理解できません。橋田氏は単に放送界に生きるものとして批判したに過ぎませんが。したがって論評のしようもありません。

 最後に。橋田氏がなぜ今批判したのか。これについては、世の中が韓流一色で塗りつぶされ、ヨン様批判などしようものなら、世論に串刺しにされかねない状況に危惧を感じたということもあるかもしれません。現に麻木久仁子は番組の中で謝罪させられました。一種の言論統制ですね、民衆による。ですから、内容はともかく、この状況下で実績のある橋田氏が言いたいことを言ったことに、僕は価値があると思います。
[PR]
by redhills | 2004-12-22 16:25
<< ●どうなってんのか (12月23日) ●どうでもいいんだけど (12... >>



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
フォロー中のブログ
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧