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"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

●青ざめた寓話~映画「叫(さけび)」~黒沢監督ティーチイン

実はJホラーなるものはほとんど観た事が無い。

さすがに「リング」は観た(テレビでだけど)。

今回、知人のお誘いで黒沢清監督の最新作「叫(さけび)」を観る機会があった。
いささか食わず嫌いで映画自体にそれほどそそられはしなかったのだが、上映後、監督によるティーチイン(質疑応答)があるというのにつられて行くことにした。

(以下はその感想ですが、丁寧に筋を追うこともしないし、ネタバレもするのでご容赦を)

一言で言って、「貧血映画」だなあ、と思った。血の気が全く無い。血の気をすぅーっと失せさせる映画。ま、ホラーなんだから当然か。
主人公の刑事(役所広司)の住むアパートや東京湾など、全体がとにかく青い。青くぼうっとしている。
そのなかで、赤い服の女(葉月里緒菜)だけが赤い。
だが、それはけして血の色ではない。なにせ、幽霊である。血など一滴も流れて無い。その彼女だけが赤いのだが、顔など真っ白で、実は一番「青い」のがこの赤い服の女だったりする。

最初に出てくる東京湾の遠景にひどく違和感があった。事前に何も知らないで観たのだが、もしもレインボーブリッジと思しきものがなかったら、東京には見えなかったと思う。それくらい、見覚えの無い東京だった。
これはほぼ間違いなく、監督はワザとやっている。
そう、刑事の住む家の青い壁や、彼の勤務する警察署の天井の高さや取調室の不必要なまでの広さを見ながら確信した。
それらの、東京ではない東京を見ながら、ある映画監督を思い出した。キム・ギドクだ。

僕は韓国人の監督の中では彼とポン・ジュノが好みだが(彼について以前ここに書いた)、彼の描く世界同様、この映画で描かれるのは異世界としての東京だ。

この異世界東京はまた、ある映画を連想させた。
雨月物語だ。
溝口健二監督の最高傑作は、日本古来の幽玄の美と恐ろしさを世界に知らしめたが、Jホラー作家の中で少なくとも黒沢監督は、その衣鉢を継いでいると感じられた。

いわば、この非現実感、超常感、不条理感は伝統的なのだ。
物の怪とは知らずに一緒に生活する、というのも共通しているし。
また、主人公の追い込まれていく様子はカフカ的でもある。

ある朝、赤い服の女が殺される。その事件を捜査する主人公は、会ったことも無いその女の殺人の容疑者になってしまい追い詰められていくわけだが、彼の元に死んでいるはずの赤い服を着た女が現れるようになる。同じ手口で第二、第三の殺人が起きる中、不明だったその女の身元もようやく判明し、容疑者も彼自らが逮捕する。他の事件の容疑者も別人が特定され、一件落着かと思われたが、家に帰ると赤い服の女はまた現れる。主人公は混乱する。いったいお前は誰なんだ。女は答えない。まあ、そう来なくちゃ面白くないしそれを論じる気も無いのだが、彼は気狂いじみた執念で謎に迫り、ついに女のいる(もしくはいた)場所へと足を踏み入れる。そこで彼は彼女の悲しみに触れ、彼女を「見つけた」唯一の者として「許される」。アー、良かった。これで幽霊さんも無事成仏して役所さんも腐れ縁の小西真奈美ちゃんと安心してまったりできるね、と思うがそうはならない。赤い服の女の骨を詰めたバッグを手に家に帰った男はそこで、自分がとうの昔に同棲相手の女を殺していたことを知る。あら、そうだったのね。許しを請う男にまったく怨み言を言わない女。恨まない幽霊さん。ここもポイントなんでしょう。

女(の霊)との別れを経て、男は家を出る。
ここで、アッと思った。
見覚えのある東京が出てきた。
男が交差点を横切っていくだけなのだが、あの東京は僕の居る東京だった。

つまり、男は帰ってきたわけだ。
この世界に。

監督自身は「終わりがしっかり出来なくて。エンディングらしきものも撮ったんですが結局切っちゃいました」とおっしゃってましたが、僕にはしっかりと物語のおわりが感じられました。大仕掛けといえるようなシーンは1つか2つで、全体的に丁寧な作り。なるほど、これがJホラーなんだなあ、と感じた次第。

上映後の監督ティーチイン。出た質問と監督の答え(と自分の反応)はこんな感じ。

Q以前にも幽霊に赤い服を着せていたが、監督の赤い服へのこだわりとは?
A特に無い。服の色に意味は込めてない。白は貞子だし黒や緑は前にやったし、黄色にしたかったけど他にあるし、じゃあ前にやったけど赤にしようか、という感じ(ふーん)。

Q普通は幽霊を見た人が叫ぶのにこの映画は幽霊のほうが叫ぶのが面白い。この発想はどこから?
A幽霊といえば「うらめしや」が決まり文句だけど、何か別な言葉を言わせたかった。貞子なんか一言もしゃべんないし最近は黙ってる幽霊が多くて。いろいろと幽霊の常識を覆したかった。そこでいろいろ考えたんだけど思いつかなくて叫ばせることにした。最初は「キャー」じゃなくて「ヒィー」っていうのがプロデューサーのリクエストだったんだけど、口を大きく開けてっていう見た目のリクエストからして、それは無理ですよ、と。音をとるか、見た目をとるかでもめたんだけど、結局見た目を取った。出来は楳図かずおチックになりました(納得!これは、赤い服の女のメークや表情、男に迫っていく時の手のポーズなんかからも強烈に伝わってきた)。

Q主人公の相棒の刑事が死にますけど、彼は赤い服の女と何の因果も無いのでは?
A確かにその通り。なぜ彼が死んだのかという説明は一切無い。まず意図としては、作品中に「これはホラーなんだ」という強烈なシーンを入れたかった。それから、彼が死んだ理由ですが、一般人が踏み込んではならない場所に不用意に入り込んだらこうなるよ、というイメージです。あのシーンは最初引っ張り込まれるというシナリオだったんだけど、撮っていくうちに押し込まれる、というように変わった。多重撮影して後から合成したんだけど、想像以上に「うわー」な出来になりました(納得!自分もあのシーンはホラーらしい売り物シーンなんだろうと思った)。

Q第二の殺人の容疑者の男がビルから飛び降りる場面がありますが、あれはどうやって撮ったのか?
A実際には数メートル下にクレーンで大きなマットを吊ってそこに飛び降りたんだけど、それでもかなり恐かったらしい。飛び降りるところ、飛んでいる途中、地面に落ちるところ、それぞれ別に撮ってうまくつなげました。1日がかりでした。こういうところにカネや手間がかかってます(ふむふむ。確かにあそこはフィルムが途切れて無い様に見えて自分もオッと思ったな)。

Q見た限りでは主人公は一向に許されていないように感じたが?
Aおっしゃるとおり。みなさん、観終わってもすっきりしないと思う。実は自分がここで込めたのは「許されるつらさ」。彼が殺してしまった女は彼に怨み言一つ言わないし、そもそも怨んでないわけですが、ふと、許されないよりも許される方がつらいんじゃないか、しんどいんじゃないか、と思ったわけです。彼が女を殺した動機は、劇中にも出てきましたが「一切を無しにしたかったから」です。ズルズルと続いてしまっている関係、確かに神経使わないけれど面倒でもあるわけで、ある時にそれを精算したくなったということです。でも、清算したつもりでもその結果はもっとつらいものになるんじゃないかな、と(鋭い質問。監督の答えにも納得。自分も「許されるつらさ」を感じた。)。

自分も1つ聞きたくて手をあげたのだが、残念ながら指名されなかった。劇中何度も起きる地震は何の象徴なのか、教えて欲しかったんだが。でも映画も質疑応答もとても面白かった。

Oさん、ありがとう!
by redhills | 2007-03-29 20:56 | 映画
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赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。

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