"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

2005年 02月 13日 ( 2 )

●余りにアメリカ的ゆえに

 だろうか。いや何ってスーパーボウルのことです。

 結局、ペイトリオッツが連覇達成したんだけど、このチーム、最近急に強くなっちゃったんだよね。ここ4年で3回優勝。これってサラリーキャップ制をとっていて試合数も少なく、選手寿命も短いNFLでは非常に難しいことなんだよね。

 で、なぜかっていうことで、アメリカ的だからっていう話がある。

 彼らのチーム名は「愛国者」であり、もちろんチームカラーは赤、青、白の3色。そして、初めてのスーパーボウル制覇が2002年。そう、911テロのあったシーズンからなのだ。だから「ペイトリオッツには見えない力が働いているのだ」という話がまことしやかに語られているってわけ。

 でも実はこの話には前例がある。

 1991年のスーパーボウルは大方の予想を覆してニューヨークジャイアンツが勝った。試合終了直前の難しくないはずのフィールドゴールを相手チームが失敗するという劇的なものだったんだけど、このときジャイアンツが勝ったのは彼らのチームカラーが国旗と同じ赤、青、白の3色だったからだ、という話が出た。そう、このときもアメリカは湾岸戦争を戦っていたのです。

 アメリカ4大スポーツの中でももっともアメリカ的だといわれるアメフトだからこそ、そんな話が出るんだろうか。それにしてもアメリカってよく戦争してるんだね。こう考えると。
[PR]
by redhills | 2005-02-13 02:19 | スポーツ

●やや感傷的になっているかつてのバスケ少年が語るNBA

 マローン、ミラーが引退 NBA

 中学、高校とバスケ部だった僕にとって、あこがれはマイケル・ジョーダンではなかった。なぜならまだ神様はデビューしてなかったから。
 中学校の視聴覚室。ある日僕らバスケ部員は集められてビデオを見せられた。まだビデオすら珍しかった時代。忘れもしない。バスケットといえばボールをつきながら輪っかの中を通せばいいのだと思っていた僕らは衝撃を受けた。顧問の先生が見せてくれたビデオにはアメリカのプロバスケットボールの試合の様子が映っていた。当時は衛星放送などなかった。バスケットボールのことをテレビでやることなどまったく無く情報源は専門雑誌しかなった僕らにとって、そこで見たものはまるで別世界だった。そこでは2人の選手が躍動していた。それがマジックジョンソンとラリーバードだった。「これがバスケットボールか!」 みんな興奮してその日の練習からノールックパスをやろうとした(もちろん顧問のいないところでだが)。2人はたちまち僕らのあこがれになった。

 この2人は1980年代のNBAの2枚看板であり、最高のライバルであった。ともに1979年デビューだったが何もかもが対照的だった。黒人と白人、チームは西海岸(LAレイカース)と東海岸(BOSセルティックス)のライバルチーム。開放的で明るいロスと保守的で白人のエリート都市であるボストン。プレースタイルも正反対でロスとボストンの象徴そのものだった。バードのプレーは教科書どおりで堅実そのもの。派手さとは縁が無く鍛え上げられた洗練を感じさせた。片やマジックのプレーは、ノールックパスに象徴される、まさにストリート仕込みの理論を無視したかのような自由で実践的なそして何よりも、派手でショー的要素をふんだんにもった、見ていて楽しいものだった。僕らは断然、ジョンソン派が多かったが、もちろん、バードのプレーこそがお手本であることを忘れたわけではなかった。

 その後84年にマイケルジョーダンがデビューする。90年代はジョーダンの時代でありNBAが日本でブレイクした。折しも「スラムダンク」が連載されておりジョーダンを知らない高校生などいなかっただろうと思うのだが(男の場合)、その影にかくれていたのが、同じ年にデビューしたジャズのストックトンと翌年デビューしたマローンだった。
 彼らはNBA史上最も成功したペアだろう(マジックとジャバーもすごいが彼らはそれぞれの個がすごいのであって2人でユニットという印象は薄い)。ストックトンはアシストの通産記録保持者であり、そのパスを受けたマローンは通産得点記録2位である。しかし、彼らの(そしてジャズの)プレーは地味だった。だから人気も正直その強さほどには無かったのだが、僕が彼らのファンになったのはまったく単純な理由からだった。彼らが来日して1990年11月3日に行われた日本で初めてのNBA公式開幕戦を見に行ったからだ。友達の彼女がアメリカとのハーフで彼女が試合のスタッフであったことからチケットが入手できたのだ。

 それ以来、なかなかプレーを見る機会はなかったものの、いつかはNBAチャンピオンになって欲しいと思っていたのだが、本当に運の無いことに完全にブルズの最盛期とぶつかってしまったためにジャズは何度も悔しい思いをすることになる。1997、98年と2年連続でブルズにファイナルで敗れたのだが特に98年は勝機が十分にあった。しかし試合前に下痢をしていたジョーダンの神がかり的な逆転シュートの前にまたしても敗れ去ったのだった。思うにブルズが、いやジョーダンがいなければ、ジャズは、ストックトンとマローンは3度はチャンピオンになれたろう。しかしそんなことを言っても何の意味も無い。ストックトンは一足早く2年前に引退し、今マローンがコートを去ろうとしている。チャンピオンになりたいと、批判を受けながらもストックトンのいないジャズを去りレイカースへ行ったマローンだったがまたもやファイナルで負けた。さぞや無念だろう。本当に実力は十分なのに縁の無い選手というのはいるものだ。NFLのダン・マリーノのように。

 もうひとつ。これで1992年バルセロナオリンピックのドリームチームのメンバーがほぼ全員引退することになる。このチームは本当のドリームだった。最近のドリームなどはまったくレベルが違う。ジョンソン、バードにジョーダン、ロビンソン、ユーイング、ピッペン、ドレクスラー、バークレー、そして我らがストックトンとマローン。80年90年代の自分のバスケ少年(青年)時代に心ときめかせたスーパースターがいなくなるときがついに来た。一つの時代が終わったという気がどうしてもしてしまうのだ。
[PR]
by redhills | 2005-02-13 01:38 | スポーツ



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。