"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

カテゴリ:映画( 35 )

●青ざめた寓話~映画「叫(さけび)」~黒沢監督ティーチイン

実はJホラーなるものはほとんど観た事が無い。

さすがに「リング」は観た(テレビでだけど)。

今回、知人のお誘いで黒沢清監督の最新作「叫(さけび)」を観る機会があった。
いささか食わず嫌いで映画自体にそれほどそそられはしなかったのだが、上映後、監督によるティーチイン(質疑応答)があるというのにつられて行くことにした。

(以下はその感想ですが、丁寧に筋を追うこともしないし、ネタバレもするのでご容赦を)

一言で言って、「貧血映画」だなあ、と思った。血の気が全く無い。血の気をすぅーっと失せさせる映画。ま、ホラーなんだから当然か。
主人公の刑事(役所広司)の住むアパートや東京湾など、全体がとにかく青い。青くぼうっとしている。
そのなかで、赤い服の女(葉月里緒菜)だけが赤い。
だが、それはけして血の色ではない。なにせ、幽霊である。血など一滴も流れて無い。その彼女だけが赤いのだが、顔など真っ白で、実は一番「青い」のがこの赤い服の女だったりする。

最初に出てくる東京湾の遠景にひどく違和感があった。事前に何も知らないで観たのだが、もしもレインボーブリッジと思しきものがなかったら、東京には見えなかったと思う。それくらい、見覚えの無い東京だった。
これはほぼ間違いなく、監督はワザとやっている。
そう、刑事の住む家の青い壁や、彼の勤務する警察署の天井の高さや取調室の不必要なまでの広さを見ながら確信した。
それらの、東京ではない東京を見ながら、ある映画監督を思い出した。キム・ギドクだ。

僕は韓国人の監督の中では彼とポン・ジュノが好みだが(彼について以前ここに書いた)、彼の描く世界同様、この映画で描かれるのは異世界としての東京だ。

この異世界東京はまた、ある映画を連想させた。
雨月物語だ。
溝口健二監督の最高傑作は、日本古来の幽玄の美と恐ろしさを世界に知らしめたが、Jホラー作家の中で少なくとも黒沢監督は、その衣鉢を継いでいると感じられた。

いわば、この非現実感、超常感、不条理感は伝統的なのだ。
物の怪とは知らずに一緒に生活する、というのも共通しているし。
また、主人公の追い込まれていく様子はカフカ的でもある。

ある朝、赤い服の女が殺される。その事件を捜査する主人公は、会ったことも無いその女の殺人の容疑者になってしまい追い詰められていくわけだが、彼の元に死んでいるはずの赤い服を着た女が現れるようになる。同じ手口で第二、第三の殺人が起きる中、不明だったその女の身元もようやく判明し、容疑者も彼自らが逮捕する。他の事件の容疑者も別人が特定され、一件落着かと思われたが、家に帰ると赤い服の女はまた現れる。主人公は混乱する。いったいお前は誰なんだ。女は答えない。まあ、そう来なくちゃ面白くないしそれを論じる気も無いのだが、彼は気狂いじみた執念で謎に迫り、ついに女のいる(もしくはいた)場所へと足を踏み入れる。そこで彼は彼女の悲しみに触れ、彼女を「見つけた」唯一の者として「許される」。アー、良かった。これで幽霊さんも無事成仏して役所さんも腐れ縁の小西真奈美ちゃんと安心してまったりできるね、と思うがそうはならない。赤い服の女の骨を詰めたバッグを手に家に帰った男はそこで、自分がとうの昔に同棲相手の女を殺していたことを知る。あら、そうだったのね。許しを請う男にまったく怨み言を言わない女。恨まない幽霊さん。ここもポイントなんでしょう。

女(の霊)との別れを経て、男は家を出る。
ここで、アッと思った。
見覚えのある東京が出てきた。
男が交差点を横切っていくだけなのだが、あの東京は僕の居る東京だった。

つまり、男は帰ってきたわけだ。
この世界に。

監督自身は「終わりがしっかり出来なくて。エンディングらしきものも撮ったんですが結局切っちゃいました」とおっしゃってましたが、僕にはしっかりと物語のおわりが感じられました。大仕掛けといえるようなシーンは1つか2つで、全体的に丁寧な作り。なるほど、これがJホラーなんだなあ、と感じた次第。

上映後の監督ティーチイン。出た質問と監督の答え(と自分の反応)はこんな感じ。

Q以前にも幽霊に赤い服を着せていたが、監督の赤い服へのこだわりとは?
A特に無い。服の色に意味は込めてない。白は貞子だし黒や緑は前にやったし、黄色にしたかったけど他にあるし、じゃあ前にやったけど赤にしようか、という感じ(ふーん)。

Q普通は幽霊を見た人が叫ぶのにこの映画は幽霊のほうが叫ぶのが面白い。この発想はどこから?
A幽霊といえば「うらめしや」が決まり文句だけど、何か別な言葉を言わせたかった。貞子なんか一言もしゃべんないし最近は黙ってる幽霊が多くて。いろいろと幽霊の常識を覆したかった。そこでいろいろ考えたんだけど思いつかなくて叫ばせることにした。最初は「キャー」じゃなくて「ヒィー」っていうのがプロデューサーのリクエストだったんだけど、口を大きく開けてっていう見た目のリクエストからして、それは無理ですよ、と。音をとるか、見た目をとるかでもめたんだけど、結局見た目を取った。出来は楳図かずおチックになりました(納得!これは、赤い服の女のメークや表情、男に迫っていく時の手のポーズなんかからも強烈に伝わってきた)。

Q主人公の相棒の刑事が死にますけど、彼は赤い服の女と何の因果も無いのでは?
A確かにその通り。なぜ彼が死んだのかという説明は一切無い。まず意図としては、作品中に「これはホラーなんだ」という強烈なシーンを入れたかった。それから、彼が死んだ理由ですが、一般人が踏み込んではならない場所に不用意に入り込んだらこうなるよ、というイメージです。あのシーンは最初引っ張り込まれるというシナリオだったんだけど、撮っていくうちに押し込まれる、というように変わった。多重撮影して後から合成したんだけど、想像以上に「うわー」な出来になりました(納得!自分もあのシーンはホラーらしい売り物シーンなんだろうと思った)。

Q第二の殺人の容疑者の男がビルから飛び降りる場面がありますが、あれはどうやって撮ったのか?
A実際には数メートル下にクレーンで大きなマットを吊ってそこに飛び降りたんだけど、それでもかなり恐かったらしい。飛び降りるところ、飛んでいる途中、地面に落ちるところ、それぞれ別に撮ってうまくつなげました。1日がかりでした。こういうところにカネや手間がかかってます(ふむふむ。確かにあそこはフィルムが途切れて無い様に見えて自分もオッと思ったな)。

Q見た限りでは主人公は一向に許されていないように感じたが?
Aおっしゃるとおり。みなさん、観終わってもすっきりしないと思う。実は自分がここで込めたのは「許されるつらさ」。彼が殺してしまった女は彼に怨み言一つ言わないし、そもそも怨んでないわけですが、ふと、許されないよりも許される方がつらいんじゃないか、しんどいんじゃないか、と思ったわけです。彼が女を殺した動機は、劇中にも出てきましたが「一切を無しにしたかったから」です。ズルズルと続いてしまっている関係、確かに神経使わないけれど面倒でもあるわけで、ある時にそれを精算したくなったということです。でも、清算したつもりでもその結果はもっとつらいものになるんじゃないかな、と(鋭い質問。監督の答えにも納得。自分も「許されるつらさ」を感じた。)。

自分も1つ聞きたくて手をあげたのだが、残念ながら指名されなかった。劇中何度も起きる地震は何の象徴なのか、教えて欲しかったんだが。でも映画も質疑応答もとても面白かった。

Oさん、ありがとう!
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by redhills | 2007-03-29 20:56 | 映画

●期待してもいいのかな?

昨年の国内の映画興行収入で、21年ぶりに邦画が洋画を上回ったらしい(記事はこちら)。

21年振りといったら大ニュースだと思うが、これはそれほど驚くような結果ではない。それどころか充分予想できたことだ。

赤坂日記でも2年前に書いた様に数年前から日本映画に復活の兆しはあった。その要因としてはまずシネコンが挙げられるだろう。

1ヶ所に大小複数のスクリーンを持つシスコンの登場により、状況によって上映する映画を入れ替えたり、上映時間をずらしたりなどといった、きめ細かな興業を展開することが可能になった。例えば、公開当初は一番大きなスクリーンを使い、時間の経過と共に徐々に小さいスクリーンへ動かしていくといったことができるようになり、興業が効率的になった。

また、観に来る客も、いつ行っても待たされること無く映画が見れる(人気の作品は同時に2つのスクリーンで上映時間をずらすなどにより)ということで、映画館に客足が戻ってきた。

それと、映画を作る際のコストが下がり、映画製作のハードルが低くなったのも要因だろう。これは大作映画についてではなく、特に若手監督が自主製作する場合などにおいて効果が大きいのだが、例えばデジタル技術の進展により、以前はありえなかったデジタルビデオでの撮影、編集、上映が可能となった。人件費が余り必要でない自主制作にとって最大のコスト要因は、高いフィルムの購入費と現像費、そして撮影機材や編集機材、スタジオのレンタル費であった。

それがデジタル化の結果、フィルムは不要となり、いくらでも撮り直しができるようになり(フィルムは失敗したらすべて無駄になる)、映像チェックもその場ですぐ出来るようになり、編集もスタジオを使わずに自宅のパソコンで手軽にできる様になった。もちろん、品質で同等とは行かないが、若手の監督やスタッフにとって、はるかに気軽に映画を撮れる環境が提供されたことは見逃せない。

そして、映画畑以外の分野からの資本・人材の流入が活性化をもたらした。特にテレビ局や大手商社が仕掛けた、メディアミックスによる映画事業が軌道に乗ったのが大きい。映画化とテレビドラマ化、それとDVD化によって、1粒で2度ならず、3度4度とオイシイビジネスモデルが出現した。いわば身内であり、製作側の意向も熟知したテレビ界やCM界のディレクターを起用することで手堅い映画製作を指向した事も良かったのかもしれない。

まあ、それら様々な要因が重なり合って邦画が盛り返したわけだ。

映画からの逆流現象も起き始めた。2年前に名前を挙げた中でも、沢尻エリカや蒼井優は人気急上昇だし、その他にも上野樹里や宮崎あおいらも、ほんの1、2年前までは映画が活動の中心であったのに、今や月9や大河の主役を務めるまでの人気だ。日本映画の元気を象徴した現象であると言え、映画好きとしてはまことに嬉しい事態と言って良いと思う。

ただ苦言もある。肝心の中身だ。邦画興収1位の「ゲド戦記」、2位の「LIMIT OF LOVE 海猿」ともに酷評を受けた。ゲドは作者のル・グエン氏が(宮崎アニメのファンであったにもかかわらず)その出来の悪さに激怒したらしいし、海猿は海猿で、映画の山場、生きるか死ぬかの場面で、主人公が生存者の救難に向かった沈没船の中、岸辺でそれを見守る恋人と携帯電話で愛してるだの何だのとアツイ会話を交わすという、ヤバイ映画である。

とはいえ、今や状況は整いつつある。近いうちに、映画史上に残る名作が日本で誕生することを期待しよう。
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by redhills | 2007-02-01 12:25 | 映画

●続々・日本沈没考

さて、いよいよ核心に入っていきましょう。
今回は演出についてです。

まずはリメイク版の監督である、樋口真嗣氏について簡単に。

彼は自他共に認めるオタクであり、90年代に社会現象になったアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」にスタッフとして参加しています。彼を一躍有名にしたのは「平成ガメラ」3部作における特撮でした。彼の手になる臨場感のある特撮シーンの数々は、当時のしょぼかった日本映画の特撮水準を大きく引き上げました。
その功績でしょうか、2005年、彼は大抜擢を受けて東宝の大作「ローレライ」のメガホンを取ることとなり、メジャーデビューを飾ります。そしてその成功により、この「日本沈没」が実写映画監督2作目となったわけです。

もちろん、彼に期待する部分の多くは特撮シーンにあることは明らかです(前作「ローレライ」も潜水艦を舞台にしたスペクタクル大作でした)。ですから、ドラマ部分に過大な期待をするべきではないと自分も思います。ですが、やはりこの作品には、特撮以外、演出で見るべきものはなかったように思います。

難しい作品だったことは間違いありません。彼自身、幼少時に旧作を観て大きな衝撃を受けており、その大ファンであることを公言しています(旧作の全てのシーンを空で言える程だそうです)。ですから、イヤと言うほど旧作を意識せざるを得なかったでしょう。至るところに旧作へのオマージュが感じられます。また、オタクぶりを遺憾なく発揮してマニア受けするような細かなネタが随所に散りばめられています。

こういった点は、エンターテイメント大作という性格からも、リメイクという事情からも、大いにアリだと自分は思います。けれど、過ぎたるは及ばざるが如しで、くどすぎるこだわりが作品の質やテンポを落としてしまったように思います。

まず旧作へのオマージュですが、テロップの多用が踏襲されていました。シーンの変わり目に「東京 ○時×分」とか、「太平洋沖 東経○度、北緯×度」とかいった字が画面に大きく出ます。これは別に奇抜な技法ではなくて、実録的な作品やドキュメンタリータッチの作品ではよく使われるものです。画面を引き締め、リアリティを出すのに効果的です。

しかし、リメイク版ではこれが必要以上に多い。レスキュー部隊の訓練の名前なんか別に要らないし、自衛隊の艦艇の正確な名称なんか知らなくても全然困らない。テロップが多すぎると、字を読むことに追われてしまい、かえって画面への集中が殺がれてしまいます。こういったところは、軍事オタクな監督が、抑えが利かずに失敗をしているところだと思います。

オタクが喜ぶネタとしては、「エヴァンゲリオン(アニメ)」ネタの数々が。親友である庵野秀明氏(エヴァの監督)や、ガンダムの富野監督のカメオ出演は良いとして、N2爆薬には笑ってしまいました。これはエヴァに出てくる強力な爆薬で、核兵器に近い破壊力を有するという設定も全く同じです。わかる奴だけに向けてニヤリとさせよう、という監督の意図が感じられます。ただ、この映画を観にきている人たちの多くにとってはどうでもいいことで、それが伝わっているかは甚だ疑問です。実際、N2爆薬と聞いて笑っていたのは、周りでは自分だけでした…。

あと自分がニヤリとしてしまったのは、小野寺の実家である福島の造酒屋を切り盛りしている姉の役を、和久井映見が演じていたことです。覚えている方も多いでしょうが、以前にテレビでやった「夏子の酒」で、若くして造酒屋の当主を継ぐことになった女性を演じたのが他ならぬ彼女でした。こういった遊び心は楽しいものです(まあ、端役に過ぎない彼女の演技が一番上手かったのは、皮肉と言えば皮肉ですが)。

さて。

以上のように、樋口監督の細部へのこだわりは特撮の懲り様にも反映されており、オタク監督の面目躍如と言えなくもありません。ですが、問題はドラマ部分なのです。
こういった映画は特撮が目玉のように思いがちですが、実はドラマがしっかりと描けていないと、大仕掛けだけが売りの薄っぺらい映画になってしまいます。リメイク版はここがイケてないのです。

樋口監督が人間を描けるのかどうかはまだ分かりません。しかし、彼が性を描けない監督であることは、もうはっきりしたと自分は思います。

これは前作「ローレライ」から感じていたことでした。男ばかり(しかも若い血気盛んな男達!)が密室に缶詰になっている潜水艦に、突如として若い女(しかもドイツとのハーフの美女!)が乗り込んできたらどうなるか。少なくとも、性に関する乗組員達の戸惑いといったものは当然起こるでしょう。ところが樋口監督はそういったものを一切描かないばかりか、ただ1人、彼女と深く心を通わすことになる特攻隊員との交流すら、通り一遍の域を出ないままに終わらせてしまいます。
この描写の薄っぺらさはどうしたものでしょう。少し意地悪なことを言えば、「天空の城ラピュタ」のゾーラ一家や「未来少年コナン」のバラクーダ号の乗組員の描写の方が、はるかに自然に性(男が女に好意を抱く様子)を表現できていると思うくらいです。

一番深く交流する男女の間にすら、性的表現が一切ない。これはあまりにリアリティーに欠けます。でもこれはある意味当然であったとも言えるのです。「潜水艦に若い女の子がいる映画を撮りたかった」という、監督自身のコメントでも明らかなように、明らかに「始めに設定ありき」だったのです。ですから、女性の扱いがモノの様になり、映画の中から性がスッポリと抜け落ちているのも納得なのです。

そしてやはりというべきか、本作においても、性は丁寧に切り取られていました。
それは次のシーンに象徴されていました。

物語も終盤、玲子がレスキュー活動をしているキャンプを小野寺が訪れた場面。彼はある決意を秘め、彼女に最後の別れを告げに来ます。しかし、その前に会った時に気まずい別れ方をしたわだかまりが邪魔をして、二人の会話はうまくかみ合いません。しかしその夜、二人はついに互いの気持ちを通わせます。静まり返ったテントの中で抱き合う二人は、ゆっくりとキスをします。「抱いて…」つぶやく玲子。彼女を背中から抱いていた小野寺は…。

何にもしないんですよ!これが!!

なぜ? どーして?

愛を告げた男と女が、明日をも知れない状況で、最後になるかも知れない夜を過ごしていて、しかも女の方から「抱いて」って言ってるのに!
玲子の気持ちはどうなんのよ!

自分が一番不可解に感じたシーンでした。

本作品における、樋口監督の性の回避はこれだけではありません。彼は小野寺に、自分と玲子、そして震災孤児の少女とで家族になってイギリスで生きていこう、と言わせます(玲子は拒否しますが)。これはつまり、性の介在しない家族を設定したということです。主役の二人の間に性的関係を作らずに子供まで作って家族を作る。自分は、そこまで性を避けるのはなぜですか、と監督に聞きたい衝動に駆られました。

(つづく)
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by redhills | 2006-10-02 21:25 | 映画

●続・日本沈没考

あああぁぁぁぁぁ・・・・・。
大反省・・・・。

更新をサボっている間にとんでもないことが起きてしまいました。
丹波哲郎御大、大霊界へ旅立つ―――。
御大、すみません!!!!
確かに御大の代表作は「007」や「砂の器」、「Gメン」でしょう。
ですが、「日本沈没」での山本総理役の名演は私の心に残っています。
今回は、その総理役のことも含め、キャスティングについて論じてみます。

前回、リメイクの出来が良くなくてもショックはなかった、と書きましたが、あれは実はウソです。正確に言えばショックはあったのです。ただし、それは出来が悪かったからではなくて、「リメイクしちゃうのかぁ」、という思いだったのです。つまり、製作が決定した時点でショックを感じたわけです。
でもそれは、旧作が好きだからリメイクするな、という気持ちからではありません。それどころかむしろ自分はリメイクに大賛成だったのです。というのも、実は以前から自分の中で「今映画化したら受けるだろうな」と思っていた企画(というほどのものじゃないです)が2つあって、そのうちの1つがズバリ、「日本沈没リメイク」だったのですから。だから、製作が決まったと聞いて勝手に、「アイデア取られた!」みたいな気持ちになったわけです(笑)。ちなみに、もう1つの企画は「ワイルド7」(望月美起也原作)です。超国家的テロ組織を殲滅するべく秘密裡に組織された、曲者ぞろいの超法規的特務部隊による、バイクをメインにしたハードアクションは受けるのではないかと思います。監督はジョン・ウーを希望(でも彼じゃさすがにMI2の二番煎じととられちゃうか)。

おっと、話が逸れました。
東海大地震が叫ばれ、阪神、北越と震災が続く現代にあって、日本が沈没するという大災害はまったくの絵空事ではないでしょう。加えて、進歩した特撮や音響技術で新たなスペクタクルを見せると言うのも興味をそそります。リメイクばやりの昨今、これに手をつけない手はないと思っていました。
自分の中で何度となく、日本沈没リメイク、自分ならこうやる…と妄想してみたものです。しかしいつも決まって「やっぱり無理だなあ」という結論になってしまいました。それはなぜか?それは「小野寺を演る役者がいなかったから」です。

そうなんです。主役の小野寺を草なぎ剛がやると聞いた時は本当に驚きました。
まったくピンと来ませんでした。

簡単に説明しますと、小野寺は、深海調査艇「わだつみ」の腕利きパイロットであり、田所博士の調査にクルーとして加わったことから、日本近海で起きている異変に遭遇し、1年以内に日本が沈没するという、驚愕の事実をいち早く知ってしまう。操艇の腕を見込まれると同時に、秘密を知ってしまったことから、逃れようもなく日本政府の極秘プロジェクト「D計画」に関わっていくことになる一方で、外部の誰にも、家族にすら真実を話すことが出来ないつらさを味わう。最後のところで彼は海外へと逃れようとするが、結局は自分の愛する人1人も救えないという事態に陥り、大自然の力の前に己の無力さを感じつつ、悪戦苦闘する。

この小野寺役を、旧作では藤岡弘が演じている。
仮面ライダー(本郷猛)役が大当たりし、当時アクションスターとして人気を博していた彼が、本格俳優を目指して取り組んだのが、この「日本沈没」だった。天地がひっくり返るような大天災を前に、汗と泥まみれになって走り回る役どころは、彼のキャラクターにピタリとはまっていた(ただ欲を言えば、彼の暑苦しさエキスを残らず絞りきってなかったのが惜しい。それに成功していたらもっと良くなったと思うけど)。

では翻って今、この小野寺を演じられる俳優がいるだろうか?

今の日本は、肉体で語れる若手俳優がほとんどいない。ひ弱で淡白な役者ばかりだ。でなきゃ、元気だけは良くても、ガキっぽくて演技のエの字も分からんようなタレントしかいない。ちと毛色は違ってコミカル色がでるが、ダイ・ハードのブルース・ウィリスみたいな、悪戦苦闘型の肉体派俳優がいないのだ。みんなどこかスマートで汗臭さ泥臭さがないんだよね(余談だけど、今回共演してたミッチーなんか野性味を出そうってんで髭なんか生やしてたけど、あの程度じゃ単なるオシャレにしか見えん)。
確かに浅野忠信みたいに動きも演技もうまい役者はいるけど、どこかエキセントリックでストレートじゃない。日本的っちゃ日本的だけど、パニック映画には不向きなんだな。その点藤岡弘はハマリ役だった。
草なぎ君に恨みは無いけれど、はっきり言って、不満ありありなわけですよ。

次に、もう一人の主役と言っても良い田所博士のキャスティング。小林桂樹とトヨエツの対決なんだけど、これがまたエラく差がついた。
まあ、トヨエツも相手が悪すぎたよ。旧作での日本沈没のリアリティーの半分は名優、小林桂樹がもたらした、と言ってもいいくらい、彼の演じた田所は素晴らしかった。まず最初の日本海溝の潜航シーンからして、観る者をグイと引き込んでしまう。そしてそれからも彼の演技からは、誰よりも日本のことを深く知り、また深く愛していた偏屈者の苦悩が余すことなく表現されていた。
一方、新作の田所はただのエキセントリックなマッド・サイエンティストにしか見えない。とにかく一つ一つの動きにリアリティーがないんだよね。確かに脚本の駄目さはあるが、トヨエツってこんなに演技下手だったかなあ。いや、そもそも彼って演技うまかったっけ。そういえば、彼の代表作って何だろう。思いつかん(笑)。

続いては政治家たち。つまりは首相のキャスティング(丹波哲郎と石坂浩二)なんですが、こちらも旧作の圧勝です。
まずもって、政治家としての、置かれた状況の重みの表現が違いすぎる。そもそも、なんで石坂浩二が総理大臣なのか理解に苦しむ。ちょっとインテリな初老の男って感じで選んだのかね。影薄いし(これは脚本のせいだけど)。もっといい役者いるだろ。山崎努とか緒形拳とか。もう少し若いところなら、クサすぎて自分は気に入らないけど、役所とかね。

でも結局誰がやっても、旧作の丹波には及ばなかったろうな。
大派閥のボスでもなく、地盤が強固でもない一介の政治家が、図らずも日本沈没という未曾有の大事態に対処することを運命付けられてしまう。彼は、始めのうちは余りの重圧に逃げ出したくなる衝動に駆られるが、苦悶しつつも政治家としての使命に目覚め、段々と腹を決めていく。旧作では総理大臣の変わっていく様が良く演じられていた。中でも、渡老人との密談である事を聞かされて涙ぐむ場面は出色の出来で、ここは、田所が船の甲板で「日本が沈むんだ」とはっきり告げる場面と並ぶ名場面だ。
しかして新作はどうかというと・・・。なんと、あの丹波の一世一代の名演技の場面を出さずに、石坂の長セリフでの説明で済ませてしまうというお手軽さ!ああ、なんたることか!あんな使い方するならいっそのこと、あのセリフは切って欲しかった。

さて、残るは女性のキャスティングですが。
これが難しい。なんせ、ヒロインである阿部玲子のキャラが大きく変わっている。まあ、時代なんだろうけど。だからいしだあゆみと柴崎コウを比べることは出来ないと思う。でも・・・。いや、柴崎は演技は下手じゃない(ややワンパターンの感じはするけど)。「メゾン・ド・ヒミコ」とか良かった。でも本作では・・・。正直言って、彼女らしさが感じられなかった。誰が演じても同じだったんじゃないかとすら思う。でもこれってつまりは、演出と脚本がダメって事なのかな。
あとは大地真央が演じた文部科学大臣は旧作には登場しないので、これも比較できないけど、自分はピンと来なかった。思うに、この役こそ、いしだあゆみがやるべきだったと思う。

キャスティングについてはこれくらいにしとこう。
結論として、納得のいく配役は主なところ(旧作で共通するもの)ではありませんでした。

そういえば、今日は新しい総理大臣が誕生した日でしたね。今日本沈没となったらどうなることやら。

(つづく)
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by redhills | 2006-09-26 19:32 | 映画

●日本沈没考

本当に唐突だがこの際日本沈没について考えてみたい。

といっても、いよいよ自民党総裁選も始まり、安倍総理確実という情勢の中、日本の未来に悲観した、というわけではない。
単に映画の「日本沈没」を観て思ったことを書いてみようと思ったのに過ぎないのだが、では単なる映画評かというと必ずしもそうであるとは言い切れないのであって、もしかすると、この大作映画について考えてみることで結果として、日本「映画」沈没?という結論に至るかもしれない、と思った次第。さて、どうなることやら。

まず結論から言えば、平成版「日本沈没」は特撮以外は見るところのない映画でした。

大作映画、それもリメイク版ですから、もともと過度な期待は持ってなかったので特にショックはなかったです。とても名作というレベルにはなく、様々な点で困った作品だなあ、と思いました。以下、特撮、キャスティング、演出、脚本といった切り口で書いてみようと思います。

あ、予めお断りしておりますが、話題は多岐にわたりますからかなりの長文になりますし、ネタバレ御免という前提で書きますので、映画を未見の方でこれから観ようと思っておられる方は、ここから先は読まれない方が良いかもしれません。

さて、まずは良いところから行きましょうか。

パート1:特撮~意外といけてます

正直言って、思ってたよりずっと良かったです。普通に面白かった。さすがは特撮を撮らせたら当代きっての樋口監督です。

序盤に出てくる、阿蘇が噴火して熊本城に火山弾が降り注ぐシーンは迫力あったし、主人公の関係者が避難中に遭遇する地滑りのシーンなんかもなかなか恐かった。吊り橋が飴玉のようにたわんで崩れていく様はもっと近くで見たかったけど。

もう一つのポイントである深海での潜航シーンは可もなく不可もなくって感じだった。ちゃちくはないけど、海底の様子がいまいち分からなかった。もっと海底を恐ろしく描写して欲しかった。なんたって、大地殻変動の現場なんだからさ。

クライマックスの爆破シーンはスケール感が足りなかったな。なにせ日本列島が乗っかってる地殻プレートにミシン目を入れちまおうってんだからもっとハッタリかまさなきゃ!「ロード・オブ・ザ・リング」で、ミナスティリスからローハンへと数百年ぶりに狼煙のSOS信号が点々と伝わっていくシーンなんかのほうが、ずっと良かったなあ。

でもまあ、ワクワクしたい向きには楽しめるレベルにはなってたと思う。がんばったと思うよ。
もちろん特撮は後から作るほうが出来がいいのは当たり前だから、この点についてだけは新旧比較はナンセンス。とはいえ、旧作も当時としてはやれることは全てやったはず。ゴジラを生んだ円谷プロが総力を挙げたわけで、当時の世界最高水準だったと思う。カットの仕方次第でもっと緊迫感は出せたと思う。

ま、旧作のことは脇においておくとして、1点苦言を挙げるとすれば、災害シーンが多すぎてやや冗長に感じられたところかな。もちろん、日本が沈むというのは何百、何千という天災の連続なんだろうけれど、途中で脈絡も無く地震や津波のシーンを繰り返されてもちょっと飽きてくる。上で褒めた阿蘇のシーンと地滑りのシーンがなぜ良かったかと言うと、どちらも登場人物が絡んだシーンだったから。特撮シーンを畳み掛けることによる効果が欠けていた訳は後で触れるとして、特撮技術そのものは楽しめました。

ということで、まずは褒めといて、と。

次からは遠慮なく行こうと思います(笑)。

(つづく)
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by redhills | 2006-09-11 22:24 | 映画

●観たい映画をつなぐタスキ

お久しぶりです。またサボってます。すみません。

シナリオの方は少しずつ前進しております。
その話はまた後日にしようと思います。

さて、アヤママさんから「観たい映画をつなぐタスキ」なるものを受け取りました。
更新をサボっていたこともあり、面白いので乗ってみようと思います。

①過去一年間で一番笑った映画
②過去一年間で一番泣いた映画
③心の中の5つの映画
④観たい映画
⑤次の人につないで行く(ブログに限定する)


以上の5つのことを書いてタスキを渡すそうです。
ではさっそく行ってみましょうか。

①過去一年間で一番笑った映画

 言われてみると、コメディ映画ってあんまり観てないんですね。自分がシナリオを書くとすぐコメディタッチになるのに不思議だ…。
 でも心配後無用。超弩級のお笑い映画を体験しております。それは「デビルマン」です。
 これはすごいです。すごい映画です。抱腹絶倒とはこの映画モドキを観ていうことでしょう。内容についてはもうここに書き尽くしたので、もうこれ以上何もないです。

 ついでに「今までで一番笑った映画」を勝手に挙げちゃいますと、文句なく「黒蜥蜴」(監督:深作欣二 主演:丸山(美輪)明宏)になります!理由はある大作家が登場する場面が笑えるからです。映画館全体が大爆笑の渦でした。

②過去一年間で一番泣いた映画

 これは文句なく「オアシス」(監督:イ・チャンドン 主演:ムン・ソリ)です。この映画を見た方なら、何故僕が主演をソル・ギョングとせずにムン・ソリとしたかお分かりだと思います。体を張った演技とはまさにこのこと。とにかく凄まじいです。

 勝手に作った「今までで一番泣いた映画」はというと、我らが小津の「東京物語」(主演:笠智衆)にしたいです。本当は③に小津作品を入れたかったんですが、勝手に作ったこのポジションに安置しました(笑)。とにかく、笠と原節子の最後のやり取りのシーンは何度見ても…(涙)。
 僕は未だに小津の映画がなぜ心を打つのか、小津の映画のどこが好きなのか、うまく説明できません。小津が好きだと言うとよく聞かれ、その度にいつも答えに困るのです。でも、とにかく好きだし、感動してしまうのです。

③心の中の5つの映画

 好きな映画、感動した映画、スゴイ、と唸った映画、迫力に圧倒された映画、ベストといえる映画。…映画を選ぶ基準は無限です。ですから、ここに挙げた映画が自分のベスト5ではないのです。では、「心の中の」映画とはなんだろう。自分なりに出した答えは、「自分の人生に欠かせない映画体験をもたらした映画」、ということになりました。
 本当は小津作品も入れたいんですが(しつこい)、涙を呑んではずします。

1 七人の侍(監督:黒澤明 主演:志村喬、三船敏郎)

 あらあら、いきなりど真ん中の豪速球ですね。でもどうしようもない。僕が映像体験を生まれて初めてした映画です。こちらに、その時の様子があります。勘兵衛、菊千代、久蔵…。僕が好きなのは、菊千代が百姓達に竹やりでの戦い方を教える場面。与平との掛け合いは何度見ても腹がヨジレル! もう一つは、勘兵衛が仲間割れしそうになる百姓たちを叱咤してリーダーシップを発揮する場面。そして3つ目は、菊千代のあの名セリフと、それを勘兵衛が静かに受け取る場面。もう、見事すぎる。…とと、やっぱり書きすぎてしまった。

2 スモーク(監督:ウェイン・ワン 主演:ハーヴェイ・カイテル)

 これは僕の一番好きな洋画。この映画についてはこちらに書いてますので、ここではこれ以上書きません。

3 恋する惑星(監督:ウォン・カーウァイ 主演:フェイ・ウォン)

 実は昨日、この映画の脚本を読んだんです。前から大好きな映画だった。でも、脚本読んだら何だかわからないけど、とにかくどうしようもなく「自分はこの映画を愛してるんだ」、というキモチが溢れてきてどうしようもなくなってしまった。まさに、タランティーノと同じキモチになっちゃったのだ。それがここに入った理由っす。

4 ロッキー(監督:ジョン・G・アヴィルドセン 主演:シルベスター・スタローン)

 この映画も理由は映画体験をしたから。それ以上でも以下でもない。ヒーローはかっこよくない、ヒロインも美人じゃない、でも圧倒的なエネルギーが全てを超越してしまう。何度観ても、いつのまにか自分がロッキー・バルボアと、いや、シルベスター・スタローンと一体化してしまう。これこそが正に映画体験だ。

5 十二人の怒れる男(監督:シドニー・ルメット 主演・ヘンリー・フォンダ)

 実は、この5番目の椅子がもっとも難しかった。他にも候補は目白押しだったけれど、映画がヒューマニズムを描いた傑作として、これを挙げました。ほとんどが密室での男たちのやりとりに終始するけれども、最初から最後まで、まったく退屈しない。何度観ても、ヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番の、信念に満ちかつ謙虚さを失わない姿勢、静かな闘志とも言うべきものに、私などは心打たれてしまうわけです。青臭い、とお思いの方もおいででしょう。でも人生にそういった青臭さも必要じゃないかとも思うんですよ。

④観たい映画

 これは、実はいまDVDを借りていて観ようと思えば観れるんですけど、実際観てないので(笑)、「イヴの総て」(監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ 主演:アン・バクスター)になります。とにかく、脚本の出来が素晴らしいということなので、じっくりと味わいたいと思いますです。

⑤次の人につないで行く(ブログに限定する)

 これが一番困った! 終わっちゃったらごめんなさいな。
 ぴのこさん@Cafe:Rebirth、どうかよろしくお願いします!

 ★もう1人お願いできる先ができました★
 じぇんぬさん@ぱまるな生活 ありがとうね!


最後に。

番外です。
過去一年間で一番怒りを感じた映画「デビルマン」
今までで一番観て怒りを感じた映画「デビルマン」

以上!
 
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by redhills | 2005-06-27 02:01 | 映画

●NEW MADE IN JAPAN!

 土曜日(6月4日)は久しぶりのマラソンだった(ちなみに「マラソン」とは、新文芸坐で通常時間の映画を2本観てからそのままオールナイトに突入し、朝まで映画漬けになることを言う)。

 まずは岡本喜八特集。仕事が意外と早く終わったので6時過ぎからの「座頭市と用心棒」が余裕で観れた。残念ながら、喜八らしさが余り感じられなかった。座頭市と用心棒が出てきたんじゃ制約が多すぎるわな。それに用心棒、さすがに三十郎とはいかず、四十郎でもキツそう。殺陣が遅くてスローモーションみたいだし、いちいち一人斬るごとに見得切らなくっていいの! 芝居がかってて黒澤の本家との違いに唖然。
 喜八特集、もう一本は「侍」。こちらも三船主演。橋本脚本は久しぶりなので期待する。さすがにきっちりとした筋運びだったけど、筋が読めちゃったし、一点だけ疑問が残る。でもそれよりも、雪の桜田門のセットが素晴らしくって画面に観入る。八千草薫をみながら、これはちょっと前だったら香川京子だろうな、と思う。

 10時15分に上映終了していったんロビーに出る。オールナイトの開場は10時30分。ロビーはもう人でごった返している。何となくいつもと客層が違う。女性がほとんどいない。それもそのはず、今晩のお題は「今、注目のアニメ作家たち」。少年時代、「マジンガーZ」や「宇宙戦艦ヤマト」に洗脳された私は秘かにアニメも嫌いじゃないのだ。お目当ては新海誠監督。前から観たいなぁ、と思っていたアニメ界の注目株なのだが、その衝撃的なデビュー作である「ほしのこえ」と、初めての長編作「雲の向こう、約束の場所」をやるというので前売り券を買った。それに映画上映前にはトークショーがある。新海監督はいないが楽しみではある。

 予約番号32というのが効いてベスポジをゲット。満席で通路にパイプ椅子まで置かれて場内は凄い熱気。シナリオ講座のI君と二人で見る。彼も新海監督が観たかったという。話が合う人と映画を観るのは楽しい。

 上映したのは新海監督の2作のほかは、湯浅政明監督の「マインド・ゲーム」「ノイズマン(これは作画監督)」、今敏監督の「東京ゴッドファーザーズ」の計5本。

 全部話してると長すぎるので結論から言うと、新海監督は期待ほどではなかった。確かに絵は美しい。とても美しい。構図もいい。才能溢れてる。でも叙情性が強すぎるんだよなぁ。大林宣彦級。自分にはくどい。それにホンが悪い。全然だめ。深夜のテレビで量産されるダメなアニメのダメなところがマンマ出ちゃってる。才能は感じさせるのに惜しいなぁ。あとヒロインの声が下手すぎ。

 「東京ゴッドファーザーズ」は、ポスターから予想できたけど、絵、中でも人物があまり好きじゃない。リアリティーのあるキャラクターデザインなんだけれども、あれなら何故実写でやらないの? と思ってしまう。クオリティーの高さは凄いし、ストーリーも悪くは無いんだけどね。好みの問題。

 で、で、そんなことは置いといて! もうチョー良かった!! 何がって、期待してなかった「マインド・ゲーム」!!!
 これ、すごいです! ブットンデマス!! 湯浅監督、天才です。これが初監督作品というのはすごい。とにかく、トークショーで本人を前に今監督が言ってましたけど、エネルギーが溢れてて画面からはみ出しそう! っていうか、とっくにはみ出して、飛び出して、それどころか、観てる僕らにパンチや飛び蹴りやらネックブリーカーやらモンゴリアンチョップやら(古い)かましてくる。

 ちょっとまじめに話すと、アニメって、本来自由なものなんです。実写では出来ない表現が難なくできちゃう、素敵なものなんです。そこが魅力でしょ。それを最近はジャパニメーションとかいってトップブランドに祭り上げられちゃったからかどうかしらないけど、やたらリアルな映像にこだわったり、観ててもチンプンカンプンなフカーイ哲学的な意味をこめたりして、つまらなくなってきた。その一方で純粋な子供向けのものを除けば、低予算で作るものの多くは、性的妄想を絵にしたようなオタク向けの特殊な作品ばかりでマトモな鑑賞の対象足りえない。加えて、アニメーターの待遇改善は進まず、人件費カットの必要から韓国や中国への外注に頼り、それが国内の人材育成をますます困難にしているという悪循環。宮崎アニメに浮かれている場合ではないのである。日本のアニメは今相当に危機的な状況にある。

 「マインド・ゲーム」は、そういった、僕の思っている日本アニメへのいろんな心配や懸念をスコーンと蹴飛ばして、アニメの向かう方向性を「こっちだ!!」とズバッと指差した。そして何よりアニメの楽しさ、自由さを謳歌していた。そしてそして、僕が一番感動したのはどこだったのかというと、実は最後の最後、本編が終わってからのスタッフロールだった。
 こんな素晴らしいアニメを作ったのは一体どんな人たちだろうかと最初から最後までじっと見ていた。何十人(いや100人以上だったかも知れない)というアニメーターたちの名がスクリーンを下から上へゆっくりと昇っていったが、何と外国人の名前は1つもなかった。この傑作を描いた人たちは全員日本人だった。しかも、通常は2列に書かれているのが、4列縦隊でズラーッと名前が並んでいく。実に壮観だった。僕はここに、「日本のアニメここにあり!」という、監督やプロデューサーの気概を感じたのだった。

 新文芸坐を出るともう朝の6時前。12時間近く映画を観ていたことになる。I君と池袋駅まで歩く。昨日降っていた雨は上がっている。さわやかな朝の日が日本アニメの未来を明るく照らしているような、そんな気がする実に気持ちのいい朝だった。
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by redhills | 2005-06-06 19:12 | 映画

●復讐3部作

 さて、もう一方の「オールド・ボーイ」である。

 前から観たいと思っていた。何しろカンヌでタランティーのが狂喜してグランプリあげちゃった作品だからいつか新文芸坐でやるだろうと待っていた。

 この作品はパク・チャヌク監督の復讐3部作の2作目に当たる。パク監督は「JSA」で有名だが僕は見ていないので何ともいえない。ところがちょうどタイミングがいいことに先月渋谷で復讐3部作の1作目である「復讐者に憐れみを」をやるというので、それっとばかりに観にいった。「オールド・ボーイ」の前に観ておきたかったし、韓国女優の中でムン・ソリと並ぶ僕のイチ押しであるペ・ドゥナと、「殺人の追憶」のソン・ガンホの共演というのは十分にソソられた。というわけで、ここで一挙2作品について感想を書いてみよう(ちなみに第3作「親切なグムジャさん」は、あの「韓国の吉永小百合」(と僕が勝手に言っている)「チャングムの誓い」のイ・ヨンエ主演で近々公開予定)。

 結論から言うと、僕はこの監督を余り評価しない。過大評価されていると思う。とても良いところももちろんあるのだが、復讐劇というものの作り方に重大な間違いがあるように思えてならない。盛り上げるためだけに作ったシーンが鼻につく。どぎつい色の釣り針で観客の感情を強引に釣りあげようという意図が丸見えなのだ。

 「復讐者に~」では、殺された我が子の司法解剖の現場になぜ父親が立ち会わなければならないのか、まったく理解できない。父親の復讐心を掻き立てさせたいのだろうが、普通そんなもの立ち会うわけないだろう。不自然すぎる。その他にも棺おけが焼かれるシーンなど、目新しさを感じさせたいのだろうが何の面白さも無い。大体にして表現が下品だ。ま、韓国映画の特徴の1つはこの表現のどぎつさ、下品さでもあるのだが(いつも韓国映画を見るたびに隣国でどうしてこうも感覚が違うのだろうかという思いに駆られる)。また、真上から撮るのがこの監督のトレードマークのようだが、これもあまりよくわからない。構図の美しさは感じるが。ドゥナちゃんは良くも悪くもいつものドゥナちゃんだし、ガンホさんも鋭い眼光が良かったんだけどもね。何か監督の取り上げたい復讐心という情念がガソリンぶっかけられて景気よく燃え上がってるみたいで、そこに燃え盛っている炎に本当の熱さが感じられない。共感できなかった。

 「オールド・ボーイ」は復讐劇であるばかりでなくサスペンスでもあるのだが、パク監督はここでも復讐劇の作り込みに失敗している。通常サスペンスはもちろんトリックが一番大切なのだが、この作品の場合、そこに復讐という、尋常ならざる感情的かつ超法規的な行動を絡ませるのだから、何より大切なのは状況よりも復讐者の描写だろう。なぜそこまでやるのか、やらざるを得なかったのか、その復讐劇が凄惨であればあるほど、そこに十分な説得感が無ければ観る者は感情移入できない。ところがこの映画はそれが全く足りない。それでも楽しい、面白い、と感じる人は、僕には残酷描写が見たいだけの単なるサディスト(またはマゾヒスト)もしくは、二転三転するのがわかっているストーリーを、こじつけでも良いからいつひっくり返されるのかと楽しむために映画を観ているサスペンスオタクのようにしか思えない。

 問題は主人公よりも敵役にある。なぜ主人公は15年も監禁されたのかについての説明はあるが、まったく悪意の無い彼をそこまで憎み続ける敵役は単なる異常者にしか見えない。映画で一番楽なストーリーは、とんでもない人がとんでもないことを仕出かすというものだ。そんなことするわけないと言われても、いえこの人はそんな人なんです、と言ってしまう。それを避ける方法はただ1つ、その人がどういう人間であるかをきちんと示し納得させるしかない。でもこの映画は、彼がどういう人間かさっぱりわからない、不幸な過去によって抱え込んでいる悲しみはわかるものの、なぜそれが主人公への憎しみの一点に凝縮するのか説明不足。ただただ不気味な感じで(それがサスペンスタッチに貢献しているのは事実だが)、しかも何故かチョー大金持ちらしいのが笑える(そもそもそんなにビジネスで大成功してるなら忙しくて復讐なんてしてる暇ないだろ)。もちろん最初からコメディーで撮るなら全然良いのだが、大真面目な人間ドラマにしているので、粗い作りがキズとなって目立つ(ちなみに全く関係ないが、岡本喜八監督のサスペンスコメディーは素晴らしい! 特に「殺人狂時代」は傑作だ)。

 こういう映画(原作は日本のマンガだが)では、人物描写などは二の次で、まず、ある日何の理由も知らされないまま拉致され15年も監禁されたらどうなるだろうかという状況設定が先にあるので合理的な説明などは後回しになりがちだ。それを納得させるのがストーリーテリングの妙なのだが、そこに失敗している。だから復讐劇として画竜点睛を欠いている印象を拭えないのだ。

 サスペンスの肝であるトリックについても不満だ。まず催眠術を都合良く使い過ぎ。あれだったら何だって出来る。それはそれで楽しんじゃえばいいのかも、とは思うけど、それを明るく楽しんじゃえ、というような作りにしてないのでどうしても引っかかる。あと、やや難癖に近いが、ヒロインと主人公との関係にしても、途中で反対の情報を与えておいてひっくり返すというのは鼻白む。気付くでしょ、いくら何だって。あ、ひょっとしてそれも催眠術?

 と、散々けなした上で言うのも何ですが、いいところもあります。画に力があるというのは間違いない。題材のエグさに負けない腕力の強さでグイグイ引っ張る。構図は見るべきものがあるし、音楽も良い。肝心のバイオレンス描写もけっこうイケてて、特にハイライトの長回しのシーンは楽しめる。こういったバイオレンスシーンがタランティーノのツボにハマッタんだろうな、やっぱり。ただし、イタさでは「殺し屋1」(三池崇監督)に負けてる。

 最後に俳優について。主演のチェ・ミンシクは素晴らしいと思う。僕は「シュリ」の北朝鮮特殊工作員役しか見てなかった。彼とソン・ガンホ、ソル・ギョングが韓国の3大俳優だそうだがそれも納得。理不尽な運命を生きる男を熱演している。それにしても韓国人俳優って極端で思い切りのいい演技をするなぁ。日本にもあんな演技の出来る俳優がいればな・・・。やはりジャ○ーズがガンだな。
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by redhills | 2005-05-31 14:24 | 映画

●「デビルマン」体験記(完)-恐ろしい結末-

 ここで場面は逃げるミーコ&ススムになって、追い詰められたミーコが突如大変身! 何故か日本刀を持って「悪魔はお前たちだ!」と不動のセリフまでブン捕って大立ち回りを演じる。でさ、これがサマになってるんだよね。特捜隊どもをバンバン切り捨てる。おまけにいつの間にかマシンガンまで持っててガンガン撃ちまくる。唯一観ててスカッとした場面だった(もちろん、何でキルビル?という疑問はもう、あえて問わない)。カッコいいよ、ミーコちゃん!

 ボブニュース。世界大戦が始まりました。ボブ、言い終わるとデーモンに変身! でもあんまり変わらない!?

 不動が牧村家に戻ってきて一家が惨殺されているのを知る。「美樹ちゃん・・・ぅふうわぁ・・・はああああ」それからへあーへあーへあーと3回叫ぶ不動。新しい感情表現だ。

 それから不動は全壊した町の中でなぜか無傷で残っている教会へ行く。その祭壇に美樹の○○を供えて一言、「美樹ちゃん、着いたよ」 どうも結婚式をしたいらしいのだが。そこへ飛鳥が登場。「人間は守る価値があったか?」と問う飛鳥に対して不動の驚愕のセリフが炸裂!! 「おまえは最初からサタンだったんだな。おまえは俺をだましていたんだな」・・・あの、もしもし? 不動さん? あなたがデビルマンになっちゃった時覚えてます? 飛鳥さんは自ら、俺もデーモンに合体されたんだって言ってたでしょ。それに変身までしてくれて「ハッピーバースデー、デビルマン」ってお祝いしてくれたでしょ。おまけに途中で何度も俺はサタンだって言ってるし。 ってか、那須&カミサン、モースゲーナ。あれ? またほめちゃったよ! もうどうしよっかな、おいら。

 それから、えっと、デビルマンとサタンがバトルをするわけ。CGですね。急にニューヨークとか出てきて、いきなりハルマゲドンに。どうでもいい感じ。二人の最後はマンガの通りで、もちろん出来は最悪なので何も言うことはない。いちおう、映画のラストシーンはミーコ&ススムで締めたので、いくらかのメッセージは伝わる。たくましく生きていこうってか? エンディングテーマが流れ出す。


 ―――終わった。2時間の地獄のツアーが終わった。声も無くぐったりとする。やがてエンディングテーマが終わり場内が明るくなる。3人ともうつむき加減で席を立ちトイレへ。鏡に映る顔がこわばっている。外に出るとまだ明るい。よたよたと歩きながら新宿駅へと向かう。どこで食事をしようかとしばらくうろうろしてから、小田急百貨店の上のイタ飯屋に落ち着く。まだ5時過ぎなのだが、疲労困憊である。お互いにポツリポツリと感想を言い合うのだが、何と言うか、毒にあたったような感じであまり話しがはずまない。身内とはいえ、こんなイベントに巻き込んだのはやはり申し訳ない気持ちがしきりである。

 幸い、パスタやピザ、ビールがおいしく、みな少しずつ表情が明るくなる。やっぱりおいしいものを食べるっていいね。元気が出るよ。うん、いやなことも忘れられるし。

 8時頃に2人と別れて帰宅。何ともいえない気持ちになる。達成感、失望感、楽しんじゃったよ、という満足感と罪悪感、緊張から解放された脱力感。いろんなものが混じる。

 さて、映画にはよく最後に後日譚というものが入る。登場人物のその後を描いたものだ。私もそれに倣い、この偉大なる映画もどきである「デビルマン」への敬意と、また、その体験者の1人としての誇りを持って、主要人物についての情報をいくつか紹介しようと思う。

 シレーヌ役の富永愛。確か結婚、妊娠、出産だっけ。いろいろ。1つ言っておきたいことは、あのシレーヌのショボイコスプレについて。本当はスタッフも原作に近いものにしたかった。しかし、富永自身が胸出しデザインを頑として受け容れなかったのだという。CGで処理するといってもダメだったそうだ。アホめ。

 続いて主役のダブルキャストだった双子の伊崎兄弟。自らの演技について、「生き生きとした表情になってると思いますよ」「(自分の演技の点を聞かれて)すごく頑張ったということで、まあ軽く1000点は超えてますね」そして、1年間のトレーニングについて「ジェット・リーを超えるためにトレーニングした」とのたまった。最早付ける薬もない。頼むから消えてくれ。

 そして最後に。映画「デビルマン」に執念を燃やし、「ビーバップシリーズ」で恩のある東映を垂らしこんで10億円をもぎとり映像化した張本人である那須監督。もうあんたは映画つくらんでいいよ! そう思ったら・・・死にました。享年53歳。死因は肝臓ガン。

 うわ! こわ!! 映画「デビルマン」は監督の評価ならず、その命までも奪ってしまったのか!? これこそが映画「デビルマン」の恐怖の結末であった
(完)
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by redhills | 2005-05-23 19:33 | 映画

●「デビルマン」体験記(3)-冴えわたる台本と演出-

 さて「デーモン特捜隊」登場なんですが、これマジヤバイ。ヤバスギル。白づくめの車に白づくめの男たち。あれ? これってスカラー波の人たち? って笑えるのもわずかの間。問題は車にデカデカと書かれたマーク。ユダヤの象徴であるダビデの六芒星の真ん中に何と十字架が!!

 うわー、こんなマークよく使ったな。シラネーよ、おらシラネーよ、誰に何言われてもシラネーよ。しかも奴ら、デーモンが出た家にそのマークをベタベタ貼っていく。・・・おい、那須&カミサンよ、もうちっと歴史をお勉強した方がいいぜ(ちなみに那須は東大経済学部卒)。こんなシーン、ヨーロッパじゃ絶対上映できないだろ。ちょっと前にあった映画で「戦場のピアニスト」ってあったろ。カンヌ映画祭でパルムドールとった映画。そん中に似たようなシーンがあったろ。え? 観てなかった? じゃぁ、すぐ観ろ。でももう手遅れだがな。

 デーモンマークで一杯のミーコの家。案の定、絵に描いたようなボロ家だ。ミーコは貧しい育ちなのでした。ミーコの家に不動と美樹がやってきたところに、車が一台やってくる。ほんとはどうでもいいシーンなんだが「小林幸子」が登場するので書いておく。いや、中身は無い。登場したので、みなさんにご報告。
 続いて何故か教会へ向かう二人。ここで牧師役の永井豪先生登場!(もちろんご報告)。二人は教会で結婚だの子供だのしゃべってるが、小学生のたわ言にしか聞こえないので省略。

 シーンは変わって、デーモン特捜隊がデーモンのアジトを急襲する場面。しかしマスコミにはばれていて実況中継なんかしてる。なぜか飛鳥は不動を連れてその様子をうかがっている。ある建物を包囲する特捜隊。と、真ん中のドアから人が1人ずつ出てくる。どう見ても人にしか見えないんだが、たちまちのうちに蜂の巣になって倒れていく。??こんな無抵抗な人たちを虐殺していいの? それにこの人たちほんとにデーモンなの? デーモンなら何で変身して戦わないの? いや、そもそも何で表玄関から1人ずつ「こんちわ~」って出てくんの? ここでカメオ出演5人目、KONISHIKI登場! やっぱり正面玄関から登場。そんで撃たれながら「デーモンバンザイ」と2回叫び両手を挙げて倒れました。おつかれ~。

 その後、不動の声で世界で戦争が起こったとナレーション。お~、そりゃぁ大変だ。なのに人類を守るはずのデビルマンこと不動は美樹の父と仲良く稲刈りなんかしてる。ここでまたもや衝撃が!! 美樹父、不動の腕に奇妙なウロコのようなものを発見。もしやデーモン!? その瞬間、不動、空を見上げ「ほわ~~~~ん」と「鳴いた」!? 美樹父、立ち上がり、「俺は変わらんよ」 不動「おとうさん」 美樹父、だまってうなずく。

 ほわ~~~~ん? 俺は変わらんよ?? おとうさん???

 もはやこれは、演出である効果を出そうとしているとしか思えない。つまり爆笑効果だ。那須&カミサンよ、さすがだよ。俺、そこまでわからんかったよ。つまり、これは壮大なギャグなんだな? 10億円かけて、日本マンガ史上に残る名作を使って観ている俺たちを笑わそうとしてるんだよな? そうだよな? 恋人の父親(しかも同居しているくらい仲が良い)に自分が人間ではないということがバレテしまった! どうしよう!? そのときどうするか? そう、ほわ~~~~んと空に向かって唸るのだ! いやぁ、新解釈だよ。そして娘の恋人の驚愕の事実を知ってしまった父親が、俺は変わらんよって・・・いーのかよ! 変わらなくて! 娘がバケモンと付き合ってんだぞ! 少なくとも悩めよ!! そんでもって、その娘の恋人のバケモンがいきなり「おとうさん」だと!! いいのか、おとうさんで? こいつはお前の息子なのか? 黙ってうなずいちゃっていいのか? すばらしい、素晴らし過ぎる台本&演出だ。もう何も言うことはない。

 またまたショッピングモールで銃撃戦。そしてお約束のボブニュース。世界から日本へミサイルが打ち込まれたそうだ。そんな時に不動は家に帰って美樹といちゃつく。ミサイルが飛び交う中ラブラブな二人。いい根性だ。

 ミーコとススムが逃げ出してなぜか牧村家に身を寄せることに。さっそくおままごと開始。その中で必死にまともな演技をしているミーコとススムが空しい。でもどうでもいいので略。翌日、特捜隊が嗅ぎ付けてきて、土砂降りの中2人は逃げ出す。残った牧村家の3人と不動は拘束され庭で尋問を受ける。あれ? 雨やんでらぁ。ヘンなの。ま、いっか。えっと、どこまで行ったっけ? あ、その後ね、不動が1人だけデーモンだということで捕まって連れてかれちゃうんですね。美樹との涙の別れらしい場面があったな、ウン。

 その夜。牧村家に暴徒の群れが。あ、もうそこですか。いよいよですね。迫る暴徒を前に、牧村夫妻、美樹を2階へ行かせた後、最後の会話を交わす。これから殺されるかもしれない夫婦が戦いを前に何を語るのか、興味深いシチュエーションです。心して読んでください。

 妻 「1つだけ聞かせて。あなた、浮気したことある?
 夫 「無いよ、ずっとお前一筋だったよ
 妻 「ウソでも嬉しい

 これが那須&カミサンの考えた夫婦の最後の会話である。すごいよ、もうあんたらにはお手上げだよ。ま、その後あっさり二人ともやられちゃうんだけどね。宇崎&阿木夫妻、お疲れさんでした。たくさん笑わせてもらいました。
(続く)
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by redhills | 2005-05-23 17:54 | 映画



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
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