"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

カテゴリ:日記( 92 )

●面接 (3月24日)

 実は今日は秘かに朝から緊張していた。6時過ぎに仕事が片付くと急いで事務所を出る。いちおう、7時までに行けば良いので大丈夫なのだが、大分待たされるかもしれないので早く行くに越したことはない。

 赤坂へ。ま、いつもの通勤路だから迷いようもない。赤坂通りに面した黄色いビル。エレベーターで8階まで昇る。さ、着いた。ドアは開いている。少し呼吸を整えてから「すみません」と言って入る。

 今日は大切な面接の日なんである。で、何の面接かというと、シナリオ作家協会が主催しているシナリオ講座というのがあって、その基礎科の面接なんである。

 映画のシナリオを書く、というのが今年の大目標であることはすでに公言しているわけだが、今までこれといったことをしてきたわけではない。映画を観たくらいのものだ。だから、この「シナリオ講座」に通うことで本当の第1歩を踏み出すことになる、そんな大事な面接だった。

 きっかけはごく自然な成り行きだった。去年から「シナリオ書いてみたいな」と思っていたところ、引っ越して数日経ったある日の帰り道。赤坂通りを歩いているとペン先を模した鳥の絵の黄色い小さな看板の下に「シナリオ講座」という文字。朝は目立たないが、夜になると明かりがついて赤坂駅方面から歩いてくると良く目に付く。あれっと思って翌朝行きがけに向い側から見上げると、大きな「シナリオ講座」という青い看板。おやおや、こりゃ何とまぁ都合のいいことじゃないかと、何となく川を流れてきた大きな桃を見つけたおばあさんのような気持ちになったのだが、怠け者のためにしばらく放っておいた。あるとき思い出してネットで検索して概要を調べた。ふんふん、新藤兼人が学長か。入門科と基礎科、研修科、ええーっと基礎科は半年、週2回か…。

 他にもシナリオを教える所はあっただろうが、自分としては何より通いやすいという理由でハナから決めていた。しかしあいにく基礎科は10月から始まっており、4月まで待たなければならない。だが仕事との兼ね合いから言えば、4~9月の方がずっと時間が作れそうで実は願ったりだった。

 ドアをくぐって部屋に入ると、左手にカウンターがありいくつか机が並んでいる。基礎科の面接に来た旨を告げるとヒョロッとした感じのお兄さんが申し込み用紙の名前を確認してから右手の奥の方へと案内してくれる。テーブルがあって椅子が6つほどある。「面接会場の準備しますんでここに座って少し待っててください」と言われる。

 時間の余裕が出来てほっとして椅子にかける。すでに1人先客がいた。やや小太りの男性でメガネをかけ、何やら一生懸命に本を読んでいる。緊張を読書でまぎらわしているのか。その様子を見ているとこちらも少し緊張してくる。面接ってどんなこと聞かれるんだろうか。プロのシナリオ作家ってどんな人たちなんだろうか。あれこれ考えていると、お兄さんが戻ってきた。先客に何か聞いている。面接どこでしますか、とか言っている。会場が変更になったのかな、などと思っていると、「じゃぁ、ここでいいんじゃない」などと話していた先客さんがこちらに向かっていきなり聞いてきた。「どうします? ここで面接やっちゃいますか。移動するのめんどくさいし」

 あれ? この人やけになれなれしいな。別にここで面接やってもいいけどさ、あんたが決めるの、それ、と思ったのは一瞬で、続けて先客さん、「あ、ごめんなさいね。僕がこの講座の講師の安井です」と言って頭を下げた。「あ…ど、どうも。は、はじめまして」…!!突然の面接モードである! 不意打ちを食らってややアタフタする。なるほど、そうか、そういうことだったのか、と思ったがもうどうしようもない。にこりと笑って「面接、ここで結構ですよ」と答えた。

 実際のところ、安井先生はとても気さくで話しやすく面接はいつ始まっていつ終わったかというような和やかな雰囲気の中で10分程で終わってしまった。言われたことは1つだけ。受講生の中でプロになれるのはほんの一握りであり、この講座を受けたからと言って、プロになれるという確約が得られるものでは決してない、ということだった。程なくお兄さんがやってきて一通の封筒を渡される。封はされていない。中を見てくださいと言われてみると、新藤兼人学長名の合格通知だった。はや! と思ったものの、有難く受領する。

 こうして、やや意外な展開を示したものの、面接は無事に終了した。開講日は4月12日だ。どんな講義があるんだろう。どんな人たちが集まるんだろう。グッとテンションが高まってきた。
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by redhills | 2005-05-24 18:05 | 日記

●ダイブナガイアイダ

 さぼってしまいました。

 悠久の眠りからさめてやっと再開と参りたいと思います。

 さて、僕がどこから書いていないかと言うと・・・そうですね、「デビルマン」からです。

 なんで書かなかったの?
 ひょっとして「デビルマン」見なかったの?

 いえ。間違いなく「デビルマン」は見ました。3月21日に新宿コマ劇場地下のMOVIEシアターアプルでちゃんと最後まで見ました。だからそのまますぐに感想を書けば良かったんです。
 でも、何と言うか、ついに見てしまった、みたいな変な達成感というか虚脱感というか、そのようなものが湧いてきてしまってしばらくの間は書けなかったんです。
 その後一度書きかけたのですが、何とデータを保存せずにパソコンを閉じてしまうという信じがたい事故が発生したためにその後遺症で今までズルズルときてしまったというわけです。

 でも先日ある方から「ブログを見た」と言われたときに、非常に恥ずかしい気持ちになったんですね。こりゃいかん、書かなきゃな、と思いました。それに以前から読んでくれている友達からも「サボりすぎだ!」というお叱りも頂戴し、重い腰を上げたという次第。

 というわけで、約2ヶ月さかのぼっての再開となります。
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by redhills | 2005-05-18 05:41 | 日記

●痛い

自分の感情を取り出すのが怖くて本当の自分の気持ちが理解できなく、

世の中の「そうあらねばならない」みたいなことをなぞらえて生きてる感じがする。

それでかろうじて生きてる人。

表面的なつきあいしかできない人。

恋人同士はこうあらねばならない、

夫婦はこうあらねばならない、

友人とはこうあらねばならない、

みたいな・・・。
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by redhills | 2005-03-12 09:14 | 日記

●カンバックマネー!!

 確定申告をした。

 確定申告というと自営業の人とかお金持ちとかがやるもんだという印象があるけれども、意外とサラリーマンにも結構その機会はある。実は僕も初めてではないのだ。以前無職だった時に税金の還付が受けられるよと税務署に勤める友達から聞いてやった。確か5、6万戻ってきたと思う。大変な貧乏生活をしていたので非常にありがたかった。

 では今回は何で? 別に宝くじに当たったわけじゃない(当たっても行かないけど)。それどころか大借金をしているから、申告すると税金が戻ってくるというわけ。借金といえば住宅ローン。そう、住宅ローン減税というやつです。借りたお金の1%が返ってくる。これはデカイです。1000万円なら10万円だからね。使わない手は無い。不動産屋さんからも言われていたので、必要書類や税務署のホームページを見ながらトライ。今は税務署もIT化が進んでいて、ネットで申告書を作成できるのだ。さあ、いくら返ってくるのかな?

 しかし前の時も思ったが、この申告書というやつはわかりにくい。まず、「収入」と「所得」の違いが分からない。「何で別々なんだ?」それに「給与」とかもある。「どれも同じじゃないの?」 ハナハダ疑問に思うが、まあそれは置いといて、項目ごとに数字を入れてゆく。いろいろと控除とかが自動的に計算されて、申告書の画面が少しずつ埋まってゆく。それにしても税制ってフクザツ。もっと簡単にならんものかなと思う。項目が多すぎるよ、ほんとに。

 そうこうするうちに、ようやく「住宅借入金等特別控除」にたどり着く。さっそく必殺の借金記入! うふふふふ、どうだ、このやろ。こんなに借金してんだぞ、さあ、金よ、戻ってこーい! カンバックマネー!!

 ところが。最後まで入力し終わって出てきた還付金の額が予想より少ない。借りた金の1%が戻ってくるんだと思ってたのに、何か違う・・・。まぁいいや。とにかく金は返ってくるんだし。面倒な計算する気なんてないし。

 画面上で完成した申告書をプリンターで印刷する。ご丁寧に手許に残しておく控えまで出てくる。最後に、申告書本体に住民票やら源泉徴収票やらの必要書類を貼り付け封筒に入れ、管轄の税務署に郵送して無事終了。割と簡単だったような気もするけど、間違ってたらどうなるんだろう。呼び出し食らっちゃうのかなぁ。

 カンバックマネー! と思う方は・・・「ブログランキングをプチッとな!!
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by redhills | 2005-03-09 12:22 | 日記

●ブログランキング~その後

 先週の日曜日にブログランキングに登録してから10日になる。別に気にすることも無いのだがいざ始めてみると今何番かが気になるものだ。「ブログランキングをプチッとな!!」をクリックしてもらうと分かるが、1~50番までが最初のページに載っている。中でも25番までは大きく紹介される。初日は100番以下だったが、おかげさまで程なく50番も突破し、クリックすれば「赤坂日記」が出てくるようになった。現在は30番。どうしても「25番の壁」が越えられない。う~ん、一度は大きな見出しで紹介されてみたい。ランキングを見てこちらに来てくれる人も増えるだろうし。でもランキングのためにブログをやっているんじゃない。書きたいことを、伝えたいことを、自分なりに工夫して書いていくという気持ちが大事。
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by redhills | 2005-03-08 08:05 | 日記

●声探し

 ちょうど先週の土曜日のこと。僕は声を探しに行った。
 声を探しに行く? そう、自分の「本当の」声を探しに。

 内田隆幸氏の「声の体験セミナー」。友人のSさんに教えてもらった。指定場所である世田谷の松本記念館へ。二子玉川から15分ほど歩く。最後の急な上り坂は予想外だったが何とか指定時間に間に合う。受付で名前を書いて2階へ。僕を入れて7名。ほどなく先生(内田氏)が登場。温厚そうな紳士。冷たいお茶を飲みながら雑談している間に更に2名増えて合計9名に。自分以外はすべて女性。内田氏によれば、これは珍しいとのこと。全員揃ったところで簡単な説明を受けた後、いよいよホールへ。

 床も壁も天井もすべて木で出来た20畳ほどのホール。前にピアノ。中ほどに椅子が20ほど。後ろには小さいがパイプオルガン。これから休憩をはさんで一人ずつ個人レッスンを受けることになる。

 始めに先生の話。人は誰でもいい声を持っています。音痴だったり、声が出なかったりというのは、きちんと発声を教わる機会がなかったから。皆さんはきっと、ここを出て帰るときにはまったく別の声になっていますよ。安心してください。・・・先生の声が響き渡る。皆緊張しているのか、聞き漏らすまいと思っているのか、静か。

 そのあと一人ずつ前に出てきてピアノの横に立って個人レッスンを受けてゆく。トップバッターの女性はまったく歌は初心者。ダンスをやっていたという。ここで先生から発声の3原則を教わる。「1に姿勢、2に呼吸、そして3が気合」だという。
 姿勢は腹を引いて胸を張り、あごを引いて(というか下げて)やや前のめりに。先生いわく、「体操選手が演技を始める前のような姿勢」とのこと。呼吸は腹式呼吸。肩が上下しないように。丹田に力をこめて。気合は声を押し出す意思のようなものか。前に立つ女性は先生の指示を受け、何とか3原則にトライする。いっぺんにやろうとしてもなかなかうまくいかない。

 先生の説明は続く。何故日本人は発声が苦手なのか、それは理由がある。狩猟民族であった西洋人は狩りの際に大声で合図を出し合う必要があったが、日本は農耕民族であり生活上大声を出す必要がなかったからだという。また、日本語は五十音すべてが母音と子音、あるいは母音のみのため、最初から母音を発声するが、西洋では子音のみの音があるため、子音から母音へと発声する。だから柔らかく、まろやかな発声となる。これはすなわち、声帯を締め付けずに声を出すということで、広がりのある声になる。人は実は自分の声がわからない。それは自分の声は空気中の音波でなく、骨伝導といって、骨の振動が鼓膜に伝わって聞こえているから。・・・ピアノの音にあわせて声を出す女性に先生の指示が次々に飛ぶ。

 嘘ではない。だんだんと女性の声が良くなっていく。声の圧力が高まってくるのがよくわかる。最後には朗々とした声が響いた。その間15分ほど。とても不思議だ。

 その後、レッスンは5人まで進んだところで休憩。もとの部屋で紅茶とチョコレートでブレイク。そこでなぜか後半のトップバッターに指名される。

 というわけで自分の番になる。兼ねてから自分の声の通りが悪いような気がしていたので参加したと話す。ピアノの前に立つとほかの8人の視線が集中するわけだが、特に気にはならない。声を出してみる。「そうそう」先生のおだて?に乗って息を吸い込み、出来るだけまろやかな、包み込むような声を出そうとだけ意識する。大声を出そうとすると声帯に頼ってしまい、返って広がりのない声になってしまうのだ。この声帯の感覚は以前にカラオケを歌いすぎてのどがかすれたりしたときに感じていたので、何となくわかる。声帯を広げて、お腹から声を出し、それを口から押し出すようなイメージで声を出す。はじめは3原則を意識していたが、やがて目をつぶって声帯の感覚のみに集中する。体が温まり汗が出てくるのがわかる。

 確かに先生の言うとおりだった。ちっとも自分の声が変わったのかどうかわからないのだ。ただ、ピアノの音にあわせて発声しているだけ。頼りは先生の「そうそう」とか「包み込むように」とかいった指示のみ。10分ほどだっただろうか。あっという間に終わってしまった。

 正直言って声の変化はわからなかった。でも発声上のポイントはわかったのと、最低1回はフォローのレッスンを受けられるということなので、いずれもう一度レッスンを受けてみようと思う。

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by redhills | 2005-03-06 04:04 | 日記

●口あんぐりに口あんぐり

 もー、お口あんぐりナンデス。信じられんことが起きた。

 そもそものしくじりの始まりは昨日の夜だったんですね。
 いつも夜のうちにお米を水に浸して炊飯器に入れてタイマーセットするんだけど、昨日はタイマーの時間の調整がうまくなかった。翌朝早く起きなきゃならなかったんだけど、こう、その起きる時間とピタッと合わないんですよ、炊き上がる時間が。いや、うちの炊飯器、古くて炊き上がりを「○時△分」でセットすることができないんですわ。「×時間後」としかセットできない。やっぱり炊き上がりが1時間ずれると大きいわけ。ほら、やっぱ朝起きて炊きあがったばっかりのご飯食べたいじゃん。
 そういうわけで「後でタイマーセットしよう」と思ってほっといた。で、忘れて寝ちまった。朝起きた。炊飯器のぞいたら白いお米が水の底に仲良くお座りしていた。

 と、まぁここまではありがちな話。ここからが本番。

 しょうがない。このお米たち、もう6時間も水浸しなワケで、これ以上ほっといたらいくらなんでものぼせちまう。出かけるまでには炊き上がらんが、とにかく炊いておこう。ということで、朝の出掛けにご飯の炊き上がるおいしそうな香りがただよう中、空腹のまま後ろ髪を引かれつつ家を出ました、私。今日は帰って晩御飯を食べよう、そう思ってた、当然。

 で、家に帰ってきました。渋谷にいたけど「博多天神」の豚骨ラーメンも「千吉」のカレーうどんもやめて、朝食べるはずだったご飯を食べようって戻ってきた。靴脱いでカバン置いてコート脱いで台所に行った。すると・・・

 パカーー、ですわ。

 さっぱりわからないんですが、なぜか炊飯器のフタが全開! パカーー! んでもって、中のお米はカラカラに水分が抜けてカピカピの固まりになってた。しゃもじで突っついたら塊のままズルって動きました。それ見て私の口もパカーー。炊飯器と私のお口が仲良く開きました。

 何なんだよーーー!! 何で口が開いてんだよーー!! 

 でも我慢して私、食べました、そのカピカピご飯。硬くて噛みにくくて、やたら歯に挟まって食べにくい。ガキの頃好きで食べていたおこげを思い出しました。食べながら、何でこんなものを好きで食べてたんだろう、って思いました。

 それにしても、スイッチを入れたときは閉じていたフタがなぜ開いたのか、それだけはわからん。

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by redhills | 2005-03-01 23:20 | 日記

●・・・リトルです

 ・・・

 リトルです。

 まだ事務所です。

 これからが本番です。

 仕上がるのは3時ごろでしょうか。

 ま、家が近いと終電気にしなくていいんですけど。

 それにしても今日はひどかった。

 まだ終わっちゃいないが。

 ・・・リトルです。

 ・・・リトル

 ・・・
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by redhills | 2005-02-21 21:46 | 日記

●オーロラを見れる日はいつ?

 アラスカ紀行:その2 ~オーロラからのメッセージは!?
 アラスカ 4日目深夜 ~高度100キロの舞い/信じるものは救われる

 友達数人が今週アラスカにオーロラを見に行ってきた。

 4日間の旅の最後にばっちり見れたらしい。それにオーロラだけでなく、犬ぞりなどのアクティビティなどの体験や素敵な出会いも数多かったようで大満足だったようす。何よりだ。

 このオーロラツアー、もちろん自分も誘われた。とても行きたかったのだが2つの理由から手を上げられなかった。まずは時期。2月というのはまさに仕事の山場であり休みを取ることは150%無理だった。そして2つめの理由。それはオーロラが母の命を縮めたから。

 母はオーロラを見たがっていたが、医師はその強い磁気が持病をもつ母の体に激しい影響を与えることを心配して止めていた。加えて飛行機での長旅や厳しい寒さが体力を奪い、なお一層体を危険に晒すことにもなるのだった。そんなことはもちろん自分は知らなかった。

 しかしそれでも母は行った。そんな人だ。僕のところにもフェアバンクスから絵葉書が届いた。念願だったオーロラを見た興奮が躍るような文字に表れていた。しかし帰国後母の体調は悪化し再び戻ることはなかった。

 オーロラを憎んでいるのではない。いやむしろ、感謝しているともいえる。でも今オーロラを見たらどうしても何かがこみ上げてくるような気がしてしまうのだ。

 オーロラ。ある人の命を縮め、またある人の命に活力を与える。僕はいつオーロラを見れるだろう。
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by redhills | 2005-02-20 00:27 | 日記

●何年経っても

 昨晩は高校のバスケ部の同期で飲んだ。

 僕らはなぜか非常に仲が良く年に最低でも2回くらいは何かと集まっている。今回は同期のMが何と社長として中国に赴任することになった、その壮行会だった。
 社長なんてそう珍しくない? 確かに大学のクラスに「社長」はいたがそれはそいつの態度が偉そうだったからついたあだ名だった。でも今回は正真正銘の社長。しかも天下のB社の関連子会社の社長だ。何でも社員が200人以上いるらしい。中国は広州に赴任するという。

 仕事で1時間以上遅れて行くと、すでに来ると返事したうちのほとんどが集まっていた。マネージャーの真理ちゃんを含む7名。全体の約半分。急な話にしては良い集まり具合だ。

 「よっ! 社長!」
 Mは照れくさそうに笑ってたが、僕は彼が社長になったこと自体は若いとはいえそう驚かなかった。彼はバスケ部でわがチームの不動のガードでありゲームを作る司令塔だった。すばやい動きとクールなパス回しでチームをひっぱっていた。気が強く実利的に考えるところもビジネスではプラスだ。中国という未知の土地でも必ず成果を出してくれるだろう。ただ単身赴任というのは大変だと思うのだが・・・。

 今回は他にも何人か久しぶりに会う顔があり話は尽きなかった。Nは1月1日に入籍して再婚を果たした。まったく俺が1度も結婚してないのにNのやつ2度も! 相変わらずその話しっぷりは愉快だったが、仕事でも私生活でも一度はどん底を経験した彼の「世の中に絶対は無いんだ」という言葉は深いものを感じさせた。

 あっという間に4時間が過ぎお開きとなった。あっという間といえば、僕らが高校を出て20年が経った。でも10年たとうが20年たとうが、僕らバスケ部は会えばいつでも高校時代と同じように分け隔てなく何でも言い合える。30年経っても40年経ってもそうありたいし、おそらくそうだろう。ありがたいことだ。金で会社は買えても友は得られないのだから。

 そうそう、僕にもひとつ嬉しい話があった。この「赤坂日記」をみんなが見てくれていることがわかったのだ。それに奥さんも結構ファンだという。主婦層に受けているとは知らなかった。よく作家なんかが自分の本が受けているのかわからず不安なときに読者からの励ましが来てすごく嬉しかった、などというが、そんな感じがした。みんなから「ブログ読んでるぞ」「おもしろいぞ」と言われて嬉しかった。

 そこでバスケ部のみんなへ。できたら何でもいいのでコメントください。記事の下のところの「comments」をクリックしてください。でてきた画面のうち、パスワードとURLはほっといていいので、名前(もちろんハンドルネームでいいのです)とコメントを書いて「送信」をクリックすればオーケーなんでよろしく!

 最後に。M、がんばれ! 今度はみんなで中国ツアー行くからな!
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by redhills | 2005-02-19 22:51 | 日記



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
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