"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

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●中国人の若者の話

 最近牛丼屋さんなんかに入ると店員のほとんどは日本人ではありません。中国人です。以下はあるメルマガからの引用ですが、そんな人たちの声の一部です。
 テレビなどで知らされている中国よりも面白い生の中国が、日本のあちこちにあるということでしょうか。ただし、彼らも中国政府の情報統制の影響は受けていると思われます。日本にいて知る中国の姿というものもあるのでしょう。

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 先日、日本に来て日本語を学びながらバイトに励む20代の若者三人と語りました。一人は数年前に日本語試験一級を取得してかなり日本語のうまい江蘇省出身、一人は今年一級を取得した北京出身、一人は朝鮮系中国人で一級試験に落ちて傷心中。飲食店や貿易会社で働いている明るい青年達です。

・前の晩にラジオを聴いていたら右翼の大学教授が、中国を非難していて頭にきた。
・毛沢東は詩人としては優れている。それに留まっていればよかった。
・胡錦濤の経歴はあまり知られていない。(祖族は安徽省出身で、一族は江蘇省泰州にいて、胡は上海で生まれて泰州で育ったと教えました)
・中国の若者はあまり政治やトップの指導者に関心を持っていない。
・中国にいたら、情報は少ない。日本にいると仲間やネットからたくさんのことを知ることが出来る。
・温家宝は誠実でまじめで評判がいい。 天安門事件の時に趙紫陽と一緒に天安門広場に出向いた。自己批判して失脚しなかった。(温が仕えた胡耀邦、趙紫陽、朱ヨウ基は皆失脚し、温はその度に踏ん張り蘇ったと話しました)
・朱ヨウ基は一所懸命政治をした。 りっぱないい政治家だ
・曾慶紅はあまり知られていない。(影の実力者で、江沢民の政敵たちを次々に落し入れ、倒し、排除してきた人間だと教えてあげました)
・一度上海の新天地に行ってみたい。(そこのありさまを話したら羨ましそうでした)
・中国の若者の間で今人気のある作家は女性では衛慧(上海宝貝の作家で、これは知っていた)、男性では韓寒(知らない)。日本人は韓寒を読んでも判らないだろうけどねと。大学は無用だ役に立たないと無視して行かず、煌く才能をほしいままにしている作家のようで、若者のアイドル的作家のようです。

 そこでネットで検索すると以下のようでした。

「 韓寒(かん・かん)Han Han 1982-―(17歳のとき、受験と恋を描いた自伝的小説『三重門』(邦訳『上海ビート』)を執筆、翌2000年に刊行され大ベストセラーとなり、「韓寒現象」と呼ばれ る。韓寒現象は中国の過酷な受験戦争と大学大衆化時代の反映なのかもしれない。『三重門』はのちテレビドラマ化もされている。上海の名門、復旦大学などから、聴講生で誘われるも固辞。大学には未練は全くなかった。高校を中退して、執筆活動に専念。第2作の『零下一度』もベストセラーとなった。自らの脚本、演出、監督による中国初のカーレース映画『50キロ』を制作するなど、いま最も注目される青年作家である。他に武侠小説『長安乱』など)。


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 見ていただいてありがとうございます。ひとつご協力をお願いします。

 「ブログランキングをプチッとな!!
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by redhills | 2005-02-28 16:48

●ブログランキング

 なるものに登録してみました。どうもブログの人気投票みたいです。

 仕組みは簡単で、ブログを見た人が指定された場所をクリックするとポイントが入る、ということらしい。ただ、1番になってもなんにももらえないみたい。まあ、たくさん人が見に来ることになるというのがご褒美。のぞいてみたら、1週間で1万とか、すごいポイントになってるブログがあるのにはびっくり!!

 ま、そんなわけで、何となく始めてみましたんで、みなさま、「リトル君の赤坂日記」の一層のグローバル化にご協力いただきまして、ひとつ人気者にしてやろうじゃないかと気が向きましたら、どうか下のキーワードをクリックしてくだせぇ

 それでは・・・・「ブログランキングをプチッとな!!」(ボヤッキー風に!)
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by redhills | 2005-02-27 04:32

●パッチギ! その3-井筒監督トークショー②(引き続きネタバレ注意!)

 康介はなぜ答えられないのか

 だってそれは、若いから。そして何も知らないから。ただかわいいから、きれいだから、好きになった女の子に付き合ってくれと言っただけの康介にとって(もちろんそのことは康介にとっては一大事だったのだが)、朝鮮人だとか日本人だとかなんてまったく考慮の外なんだから、そんなこと急に言われたって答えられるわけが無い。確かに朝鮮学校と彼のいる東高は仲が悪いが、彼自身はケンカには縁遠く、朝鮮人に特定の感情を抱いているわけでもない。女の子とヤレるという理由でマッシュルームカットにするようなカルいノリの軟弱高校生だ。そんな彼にとって、「朝鮮人になる」なんてことはまるで想像の範囲外だったろう。

 逆にキョンジャにとっては、それ、つまり「朝鮮人である」ということは生きていくうえで常に「強制的に」意識させられてきたことであり、彼女にとっては、「生きていく」ことと「朝鮮人である」こととは同義なのだ。彼女から「朝鮮」を取ったら、それは死と同じであり、「朝鮮」なくして彼女は存在し得ない。そんな彼女からしたら、付き合う人は朝鮮人以外には想像も出来なかっただろうし、朝鮮人と結婚して朝鮮人としての人生を生きていくという生き方しか彼女の頭の中にはなかっただろう。だから、日本人である康介に結婚したら朝鮮人になってくれるのか、と聞かずにいられなかったのだ。もちろん、そう訊ねたのは康介を避けたいがためではなく、好意を持っていたからこそ、康介の思いに真剣に向き合うべきだと思ったからこそ自然に出た言葉なのだが、康介は答えられない。

 ここに象徴される、両者(康介とキョンジャ、そして日本人と在日朝鮮人)の間に横たわる河は深い。このシーンが川でのシーンであることはもちろん、監督の意思である。監督は、この映画のテーマソングである「イムジン河」に、南北朝鮮分断の悲しみだけでなく、日本人と在日朝鮮人との意識の間にある埋めがたいズレをもダブらせている。
 
 キョンジャとのやり取りでは何のリアクションも取れなかった康介だが、やがてその感情を爆発させるときが来る。親友となり、ギターを教えてくれよと言っていた、同い年のチェドキが事故で死ぬ。日本人として唯一人葬儀に参列しようとした康介だったが、チェドキの親族からきっぱりと拒絶される。「あんた、在日について何を知っているんだ?何も知らんだろう!出て行け!!・・・出て行ってくれ」。
 何も知らない。それはどうしようもない真実だった。康介は一言も反論することが出来ずにチェドキの粗末なバラックを出る。激しいジレンマの中で声をかけることもできず、ただ目に涙をためて康介を見つめることしかできないキョンジャ。そして、帰り道の途中、康介は、一度は「イムジン河」を歌うことで在日の人たちと自分を結びつけた大切なギターを、泣き叫びながら叩き壊し、川に投げ捨てる。この場面が先ほどと同じ川でのシーンであることで、しっかりと前後がつながる。悔しかったろう。悲しかったろう。自分の無力、無知を知ったろう。それを僕ら観客は知らなければならない

 結局、彼には歌うことしかできない。だから彼はラジオで「イムジン河」を歌う(葬儀の当日にディレクターから出演を依頼されていたのであった)。ラジオから流れてきたその歌声を聴き、泣きながらラジオを手に、悲しみに沈むチェドキのバラックへと走るキョンジャ。康介の歌う「イムジン河」が狭いバラックを満たす。その歌声は彼らの魂を慰め、康介の思いはチェドキと在日の人々へと届いた。
 ここに僕らは希望を見出す。溝は深い。悲しみ、憎しみ、怒りは深い。でもそれを乗り越えることは出来るはずだ。監督はそういいたいのだ。そう、それこそが「パッチギ=乗り越える、突き破る」なのだ。ここにこの映画のテーマがある。

 もう1人の主人公といえる在日朝鮮人のアリソンも、乗り越えよう、突き破ろうともがく。弟分であるチェドキの死を乗り越えるため、親友であるバンホーとともに、彼が死ぬきっかけを作った東高空手部との弔い合戦へと向かう。彼にはそれしかチェドキに応えるすべが無い。朝鮮と日本、両者はまたしても川を挟んで向き合い、やがて決戦へと突入する。しかし意外なところに救いはあった。看護婦となったガンジャが、彼の別れた元の恋人である桃子の出産が近いことを告げる。ケンカを抜け出して病院へと走るアリソン。新しい命の誕生。彼もまた希望を得、何かを乗り越えていく。

 ・・・あれ、いつの間にかトークショーが吹っ飛んじゃいましたが、まぁ、井筒監督の言いたいことと、そう違いはないと思っております。

 未来に何の希望も見出せない在日朝鮮人の若者と、未来に不安も無い代わりに願望もない日本人の若者。同じ土地に生きながらまったく違う世界で生きる両者が、それぞれに立ちはだかる何かを「パッチギ」、成長してゆく。いつの日か彼らが河を渡れる日が来ることを祈ろう、そんな気にさせる作品だ。

 トークショー後、受付付近で監督がサインに応じていたので、ミーハーな僕はすかさずパンフを買い求め、サインをもらった。サインをしながら「みんなに薦めてくださいよ」と監督。「はい、もちろん!」と調子のいい僕。だからというわけじゃないけれど、いい映画ですからみなさん、見ましょう!

 監督、宣伝しましたよぉ! これでいいですか? (って、見てるわけねーじゃん)
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by redhills | 2005-02-27 02:37 | 映画

●パッチギ! その2-井筒監督トークショー(ネタバレ注意!)

 2時間の上映が終わると共に会場からは拍手が起こる。当て推量だけど、2~3割くらいが在日の人なんじゃないだろうか。感動のオーラが会場を包んでいい感じ。

 すぐにスクリーンの前に椅子が用意される。期待と緊張が高まる。やがて井筒監督の名が呼ばれる。拍手の中、僕らと同じ後ろの入り口からトットットッとステップを降りて登場。見た感じは、ま、テレビなんかのまんまだ。

 始めに監督からちょっとしたお話。この作品を作るきっかけが前作『ゲロッパ!』の台本で悩んでいるときにプロデューサーから紹介された本(「少年Mのイムジン河」松山猛著)だったことなど。しゃべっている様子はテレビと違って、ちょぼちょぼと語る。「それでですね、僕はですね・・・」テレビだと怒鳴り口調で、なんかケンカ売ってるみたいだけど、今回は若い人が多いということもあるのだろう、わかりやすく語りかけるような感じ。

 質疑応答に入る。最前列の在日少女軍団がすごいアピール! で、当然のごとくその中の一人が指名される。と、マイクが向けられる前に「撮っていて一番苦労したのはどのシーンですか!」と大声で聞く。元気があってよろしい。監督が「それはですね・・・」と答え始めたところで司会役の劇場の方が「なんていうダイレクトトークだ! 今の質問は『一番苦労したのはどのシーンですか』という質問でした」と、あわてて割って入る。それくらいにスムースな、熱い雰囲気があったわけです。
 肝心の監督の答えは、最後のクライマックスである、鴨川での大乱闘シーンだったとのこと。朝鮮側30人、日本側70人(こちらには大阪からの援軍が来ている状況)、計100人の高校生が両岸から川に飛び込み、中州で激突するというシーン。監督だけでは演出の手が足りるわけが無く、8人の助監督と手分けをしてチーム単位で演技をつけていったが、なかなか決まらず、テストだけで2日を要したとのこと。複数のカメラを同時に回しいっぺんに撮るので1人の失敗でも撮り直しとなってしまうため、簡単に本番とはいかないのだ。夜のシーンだが合計1000キロワットという強力なライトを使って昼間のように明るくした上でカメラの露出を絞って暗く撮影した。ただでさえ観光客の多いところなのに、夜中にこうこうと明るくしているので大変な人だかりだったそうだ。渋る京都府警を説得して、3日目にやっとオーケーが出たそうな。

 他には、やはり在日朝鮮人の問題についての質問が出た。(以下ネタバレします!)主人公の康介は川向こうでフルートの練習をしているキョンジャを見つけ、いてもたってもいられずに川に飛び込んで向こう岸まで渡っていく。「つきおうてくれへんか?」と告白する康介に、キョンジャは問う。「もしも結婚することになったら、朝鮮人になれる?
 康介は答えない。正確にはどう答えようかというところで場面が変わってしまう。質問した人は雑誌の編集者で、「これはその答えを観客の想像に任せたということでしょうか」と言っていたが、監督は答えなかった。しかし、それは監督が答えるのを拒否したのではない。すでに監督は明確に答えている。それはイエスでもノーでもない。康介には答えられないのだ。つまり、映像そのままが答えなのだ

 ではなぜ康介は答えられないのか。

 ここは映画全体ともつながるとても重要なシーンなのでもう少し掘り下げてみようと思う。 (続く)
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by redhills | 2005-02-27 01:44 | 映画

●パッチギ! その1

 映画『パッチギ!』を見た。日本映画の封切りものを見に行くことはほとんど無いんだけど、今回は終映後に井筒監督のトークショーがあるってんで行ってみようって気になったというわけ。盛んに他人の作品の批判をしている監督の話を聞いてみたいというのとミーハー気分と半々といった感じ。

 場所は渋谷のアミューズCQN。新しい映画館だ。駅から5分ほど歩いて到着。ビルも新しい。なぜだかよくわからんが、1階にエレベーターがない。エスカレーターで3階までいって、そこからエレベーターに乗る。最近少しずつだが新しい映画館が誕生している。映画ビジネスが上向きな兆しかもしれない。

 きっと混むだろうと思って45分前に行くと整理番号は68番。やっぱりけっこう入っている。上映15分前に入場。人だかりでごったがえしている。隣の人の整理番号をのぞくと98番。半分以上は埋まりそうだ。アミューズCQNはシアター1から3までの3つのスクリーンを持つシネコンだが、どれも小さくてミニシアターが3つ集まったようなイメージ。新しいので人は入りやすいと思う。こういった、ミニシアター系の映画を中心に上映する新しい映画館は応援したくなる。

 10人単位で番号順に入る。スクリーンが小さいので前から4列目をゲット。最前列は予想通り、紺のチョゴリを着た女子高生たちがにぎやかに陣取る。かなりにぎやか。前の席の高校生の兄ちゃんがデカくて頭がスクリーンから20センチくらい飛び出している。字幕が見れなくなる不安があったので一言お願いする。

 さて、映画自体については、出来はよかったです! 監督に言われたからじゃないですけどおすすめです!ので、ネタばれしない程度に紹介します。

 舞台は1968年の京都。70年安保に向けて学生運動が盛んであり、音楽ではグループサウンズが絶頂期を過ぎ、フォークが黎明期を迎えていた頃の、日本人と在日朝鮮人の高校生たちの青春を元気一杯に描いた作品。

 映画を見るうえで知っておくといいことは2つくらい。1つは「イムジン河」という歌の話。イムジン河とは南北朝鮮を流れる河で、この歌は、その流れに託していつの日か祖国が一つになる日がくることを願ったもの。もとは朝鮮語の歌だったのをフォーククルセダーズが日本語の歌詞をつけ発表しようとしたところ、当局により中止に追い込まれた。しかしライブでは歌い継がれた、幻の名曲。2つめは、「パッチギ」という言葉。朝鮮語で「突き破る、乗り越える」という意味。または「頭突き」のこと。朝鮮人のケンカでの定番。

 ま、小難しいことはさておき、見てみるのがいい。

 まず高校生役の演技がよい(特にアンソン役を演じた高岡蒼佑は注目)。朝鮮側も日本側もとても自然に演じられていると思う。クサさ、ぎこちなさ、わざとらしさが感じられなかった。これが実はとても難しい。撮影は2ヶ月ほど合宿状態で行ったそうだ。かなり絞られたと見る。その成果は出ている。

 そして、ケンカがいい。確かに日本人と朝鮮人のケンカの連続なんだけども、それが暗く陰湿でなくて、豪快で、カラリとしていて明るく、すがすがしさすら感じさせる。ギャグも満載で、鈴木清順の『けんかえれじい』(高橋英樹主演)を思い出した。井筒監督はやはり若者のケンカを描いた作品(「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊」)で評価された。さすがに生き生きと描かれている。

 そしてそして、どうしても出てくる、在日の問題。監督はこれも重くならないように気を使いながら、でもキモのところではガツンと楔を打ち込んでいる。引きずらず、でも考えさせるように作っている。これも好感が持てる。

 全体として、青春映画の王道を迷いなく堂々と進み、たくさんの若い役者たちのエネルギーを確かな演出力でまとめあげた、質の高い作品です。こういう作品が好きな人はもちろん、そうでない人でも楽しめると思います。 (続く)
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by redhills | 2005-02-25 17:45 | 映画

●・・・リトルです

 ・・・

 リトルです。

 まだ事務所です。

 これからが本番です。

 仕上がるのは3時ごろでしょうか。

 ま、家が近いと終電気にしなくていいんですけど。

 それにしても今日はひどかった。

 まだ終わっちゃいないが。

 ・・・リトルです。

 ・・・リトル

 ・・・
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by redhills | 2005-02-21 21:46 | 日記

●オーロラを見れる日はいつ?

 アラスカ紀行:その2 ~オーロラからのメッセージは!?
 アラスカ 4日目深夜 ~高度100キロの舞い/信じるものは救われる

 友達数人が今週アラスカにオーロラを見に行ってきた。

 4日間の旅の最後にばっちり見れたらしい。それにオーロラだけでなく、犬ぞりなどのアクティビティなどの体験や素敵な出会いも数多かったようで大満足だったようす。何よりだ。

 このオーロラツアー、もちろん自分も誘われた。とても行きたかったのだが2つの理由から手を上げられなかった。まずは時期。2月というのはまさに仕事の山場であり休みを取ることは150%無理だった。そして2つめの理由。それはオーロラが母の命を縮めたから。

 母はオーロラを見たがっていたが、医師はその強い磁気が持病をもつ母の体に激しい影響を与えることを心配して止めていた。加えて飛行機での長旅や厳しい寒さが体力を奪い、なお一層体を危険に晒すことにもなるのだった。そんなことはもちろん自分は知らなかった。

 しかしそれでも母は行った。そんな人だ。僕のところにもフェアバンクスから絵葉書が届いた。念願だったオーロラを見た興奮が躍るような文字に表れていた。しかし帰国後母の体調は悪化し再び戻ることはなかった。

 オーロラを憎んでいるのではない。いやむしろ、感謝しているともいえる。でも今オーロラを見たらどうしても何かがこみ上げてくるような気がしてしまうのだ。

 オーロラ。ある人の命を縮め、またある人の命に活力を与える。僕はいつオーロラを見れるだろう。
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by redhills | 2005-02-20 00:27 | 日記

●何年経っても

 昨晩は高校のバスケ部の同期で飲んだ。

 僕らはなぜか非常に仲が良く年に最低でも2回くらいは何かと集まっている。今回は同期のMが何と社長として中国に赴任することになった、その壮行会だった。
 社長なんてそう珍しくない? 確かに大学のクラスに「社長」はいたがそれはそいつの態度が偉そうだったからついたあだ名だった。でも今回は正真正銘の社長。しかも天下のB社の関連子会社の社長だ。何でも社員が200人以上いるらしい。中国は広州に赴任するという。

 仕事で1時間以上遅れて行くと、すでに来ると返事したうちのほとんどが集まっていた。マネージャーの真理ちゃんを含む7名。全体の約半分。急な話にしては良い集まり具合だ。

 「よっ! 社長!」
 Mは照れくさそうに笑ってたが、僕は彼が社長になったこと自体は若いとはいえそう驚かなかった。彼はバスケ部でわがチームの不動のガードでありゲームを作る司令塔だった。すばやい動きとクールなパス回しでチームをひっぱっていた。気が強く実利的に考えるところもビジネスではプラスだ。中国という未知の土地でも必ず成果を出してくれるだろう。ただ単身赴任というのは大変だと思うのだが・・・。

 今回は他にも何人か久しぶりに会う顔があり話は尽きなかった。Nは1月1日に入籍して再婚を果たした。まったく俺が1度も結婚してないのにNのやつ2度も! 相変わらずその話しっぷりは愉快だったが、仕事でも私生活でも一度はどん底を経験した彼の「世の中に絶対は無いんだ」という言葉は深いものを感じさせた。

 あっという間に4時間が過ぎお開きとなった。あっという間といえば、僕らが高校を出て20年が経った。でも10年たとうが20年たとうが、僕らバスケ部は会えばいつでも高校時代と同じように分け隔てなく何でも言い合える。30年経っても40年経ってもそうありたいし、おそらくそうだろう。ありがたいことだ。金で会社は買えても友は得られないのだから。

 そうそう、僕にもひとつ嬉しい話があった。この「赤坂日記」をみんなが見てくれていることがわかったのだ。それに奥さんも結構ファンだという。主婦層に受けているとは知らなかった。よく作家なんかが自分の本が受けているのかわからず不安なときに読者からの励ましが来てすごく嬉しかった、などというが、そんな感じがした。みんなから「ブログ読んでるぞ」「おもしろいぞ」と言われて嬉しかった。

 そこでバスケ部のみんなへ。できたら何でもいいのでコメントください。記事の下のところの「comments」をクリックしてください。でてきた画面のうち、パスワードとURLはほっといていいので、名前(もちろんハンドルネームでいいのです)とコメントを書いて「送信」をクリックすればオーケーなんでよろしく!

 最後に。M、がんばれ! 今度はみんなで中国ツアー行くからな!
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by redhills | 2005-02-19 22:51 | 日記

●ピンチ

おかしい。変だ。またもや来週に山が来てしまった。こんなことは記憶に無い。
1月の半ばくらいからずっと落ち着かない状態が続いている。
今回は月曜日がリミットで今まで以上に余裕が無い。
なのに今晩は高校のバスケ部の飲み会があってどうしても顔を出したい。
その上、明日も別件で地元に行かねばならない。
ピンチだ。
まあでも何とかなるだろう。
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by redhills | 2005-02-18 18:24 | 日記

●山越え

今日無事仕事をリリースできた。今回は予定がどんどん長引き気をもませたが終わってみれば時間があっただけに準備も出来ており前日にあわてることも無くいつもよりも余裕を持ってできた。いつもこうであればいいが突然降ってくるのがつらいところだ。早くも来週水曜日という声も出ている。ならば備えあれば憂いなしということで下準備にかかろうか。
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by redhills | 2005-02-16 23:38 | 日記



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
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