"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

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●なんだなんだなんだ

 まったくなんだなんだなんだ、である。

 なにがなんだって、「欽ちゃん球団ゴールデンゴールズ」がである。ちなみに正式名称である。

 最初名前を聞いたときはサッカーチームかと思った。でも野球チームだった。

 何だかよくわからんうちにあの欽ちゃんが球団を持つことになってとても人気だ。近鉄とオリックスの突然の合併から史上初のストライキにまで発展したプロ野球界の再編騒動のどさくさ!? にまぎれていつのまにか欽ちゃん球団は誕生していた。何という早業だ。楽天球団が誕生する100分の1の手間がかかっている(たぶん)。

 これはお笑いなのか? 本気で野球をやるのか? どこでどんな試合をするんだ? 相手はいるのか?

 疑問だらけのなかでいつの間にか選手とコーチが決まって、キャンプまで行っている。ちなみにもちろん、欽ちゃんが監督である。背番号は当然55(わかるよね)。名将だ(想像では)。

 スタッフがまた何気にすごい。なぜかあの巨人、西武で無尽蔵のスタミナで活躍した鹿取義隆氏がヘッドコーチになっている。その下のコーチにあの落球で有名な羽生田忠克氏が。プロ経験者がいる。やるな。ただコーチはその2人だけ。

 選手はほとんど知らない。投手に鹿取真央という名がある。お、これは鹿取コーチの親戚か。背番号が29というのがもう、わざとらしい。つっこんでくれと言わんばかりだ。おっと、うっかりしていた。外野にはビッグネームがいた。パンチ佐藤。お前まだ現役だったのか。背番号90って、長嶋か。

 それに女の子だっている。いや、チアリーダーじゃない。背番号1、片岡安祐美という。女子高生で受験生。勉強の合間にキャンプに来ている。おいおい、どっちが本業なんだ。朝のテレビでは連日キャンプの様子が流れるが、ほとんど欽ちゃんとこの女子高生しか映らない。でもこの子、かわいいんだよね。ビジュアルは合格。アイドル並み。でも野球の実力はマンガ並み。とても140キロ打てる感じがしない。

 キャンプは毎朝「きんとれ」から始まる。ハードだ。ただし、「欽トレ」だ。これがすごいトレーニング。大根抜き、千切大根干し、きんかん収穫、公園花壇の草抜き、稚アユ漁、湾内雑木回収作業・・・。これはさすがにプロも思いつかなかっただろう。まさに独壇場だ。

 欽ちゃんは張り切って毎日ノックしたり、紅白戦の司会進行をしたりしている。元気そうで何より。ほっとするね。

 しかしわからん、この球団。長生きはしてみるもんだ。ともかくこれからの欽ちゃん球団の一挙手一投足から目が離せない。そうそう、みなさん安祐美ちゃんをよろしく。大学合格しますように!
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by redhills | 2005-02-15 23:34 | ニュース

●通りすがりの女に

 帰り道に金を貸した。50がらみの女性。いかにもあわてた風情で近づいてきた。早口で最初は何を言っているかわからなかったがよく聞くとどうも帰ろうとしたら財布が無くて切符を買う金も無いので金を貸してほしいということらしい。何でも逗子に住んでいるとかで電車を降りてからもバスに乗らないといけないから1500円ほど必要であると訴えている。口調からしてだましているとも思えず名刺と一緒に1000円札を2枚渡した。繰り返しお礼を言われた。名を名乗っていたが覚える気は無かった。困ったときはお互い様だしお礼を言われるほどの大金を渡したわけでもなし。有り難がられるのもなかなかに居心地は余りよくない。
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by redhills | 2005-02-14 20:57 | 日記

●余りにアメリカ的ゆえに

 だろうか。いや何ってスーパーボウルのことです。

 結局、ペイトリオッツが連覇達成したんだけど、このチーム、最近急に強くなっちゃったんだよね。ここ4年で3回優勝。これってサラリーキャップ制をとっていて試合数も少なく、選手寿命も短いNFLでは非常に難しいことなんだよね。

 で、なぜかっていうことで、アメリカ的だからっていう話がある。

 彼らのチーム名は「愛国者」であり、もちろんチームカラーは赤、青、白の3色。そして、初めてのスーパーボウル制覇が2002年。そう、911テロのあったシーズンからなのだ。だから「ペイトリオッツには見えない力が働いているのだ」という話がまことしやかに語られているってわけ。

 でも実はこの話には前例がある。

 1991年のスーパーボウルは大方の予想を覆してニューヨークジャイアンツが勝った。試合終了直前の難しくないはずのフィールドゴールを相手チームが失敗するという劇的なものだったんだけど、このときジャイアンツが勝ったのは彼らのチームカラーが国旗と同じ赤、青、白の3色だったからだ、という話が出た。そう、このときもアメリカは湾岸戦争を戦っていたのです。

 アメリカ4大スポーツの中でももっともアメリカ的だといわれるアメフトだからこそ、そんな話が出るんだろうか。それにしてもアメリカってよく戦争してるんだね。こう考えると。
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by redhills | 2005-02-13 02:19 | スポーツ

●やや感傷的になっているかつてのバスケ少年が語るNBA

 マローン、ミラーが引退 NBA

 中学、高校とバスケ部だった僕にとって、あこがれはマイケル・ジョーダンではなかった。なぜならまだ神様はデビューしてなかったから。
 中学校の視聴覚室。ある日僕らバスケ部員は集められてビデオを見せられた。まだビデオすら珍しかった時代。忘れもしない。バスケットといえばボールをつきながら輪っかの中を通せばいいのだと思っていた僕らは衝撃を受けた。顧問の先生が見せてくれたビデオにはアメリカのプロバスケットボールの試合の様子が映っていた。当時は衛星放送などなかった。バスケットボールのことをテレビでやることなどまったく無く情報源は専門雑誌しかなった僕らにとって、そこで見たものはまるで別世界だった。そこでは2人の選手が躍動していた。それがマジックジョンソンとラリーバードだった。「これがバスケットボールか!」 みんな興奮してその日の練習からノールックパスをやろうとした(もちろん顧問のいないところでだが)。2人はたちまち僕らのあこがれになった。

 この2人は1980年代のNBAの2枚看板であり、最高のライバルであった。ともに1979年デビューだったが何もかもが対照的だった。黒人と白人、チームは西海岸(LAレイカース)と東海岸(BOSセルティックス)のライバルチーム。開放的で明るいロスと保守的で白人のエリート都市であるボストン。プレースタイルも正反対でロスとボストンの象徴そのものだった。バードのプレーは教科書どおりで堅実そのもの。派手さとは縁が無く鍛え上げられた洗練を感じさせた。片やマジックのプレーは、ノールックパスに象徴される、まさにストリート仕込みの理論を無視したかのような自由で実践的なそして何よりも、派手でショー的要素をふんだんにもった、見ていて楽しいものだった。僕らは断然、ジョンソン派が多かったが、もちろん、バードのプレーこそがお手本であることを忘れたわけではなかった。

 その後84年にマイケルジョーダンがデビューする。90年代はジョーダンの時代でありNBAが日本でブレイクした。折しも「スラムダンク」が連載されておりジョーダンを知らない高校生などいなかっただろうと思うのだが(男の場合)、その影にかくれていたのが、同じ年にデビューしたジャズのストックトンと翌年デビューしたマローンだった。
 彼らはNBA史上最も成功したペアだろう(マジックとジャバーもすごいが彼らはそれぞれの個がすごいのであって2人でユニットという印象は薄い)。ストックトンはアシストの通産記録保持者であり、そのパスを受けたマローンは通産得点記録2位である。しかし、彼らの(そしてジャズの)プレーは地味だった。だから人気も正直その強さほどには無かったのだが、僕が彼らのファンになったのはまったく単純な理由からだった。彼らが来日して1990年11月3日に行われた日本で初めてのNBA公式開幕戦を見に行ったからだ。友達の彼女がアメリカとのハーフで彼女が試合のスタッフであったことからチケットが入手できたのだ。

 それ以来、なかなかプレーを見る機会はなかったものの、いつかはNBAチャンピオンになって欲しいと思っていたのだが、本当に運の無いことに完全にブルズの最盛期とぶつかってしまったためにジャズは何度も悔しい思いをすることになる。1997、98年と2年連続でブルズにファイナルで敗れたのだが特に98年は勝機が十分にあった。しかし試合前に下痢をしていたジョーダンの神がかり的な逆転シュートの前にまたしても敗れ去ったのだった。思うにブルズが、いやジョーダンがいなければ、ジャズは、ストックトンとマローンは3度はチャンピオンになれたろう。しかしそんなことを言っても何の意味も無い。ストックトンは一足早く2年前に引退し、今マローンがコートを去ろうとしている。チャンピオンになりたいと、批判を受けながらもストックトンのいないジャズを去りレイカースへ行ったマローンだったがまたもやファイナルで負けた。さぞや無念だろう。本当に実力は十分なのに縁の無い選手というのはいるものだ。NFLのダン・マリーノのように。

 もうひとつ。これで1992年バルセロナオリンピックのドリームチームのメンバーがほぼ全員引退することになる。このチームは本当のドリームだった。最近のドリームなどはまったくレベルが違う。ジョンソン、バードにジョーダン、ロビンソン、ユーイング、ピッペン、ドレクスラー、バークレー、そして我らがストックトンとマローン。80年90年代の自分のバスケ少年(青年)時代に心ときめかせたスーパースターがいなくなるときがついに来た。一つの時代が終わったという気がどうしてもしてしまうのだ。
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by redhills | 2005-02-13 01:38 | スポーツ

●2月11日

昨日に引き続き増村特集。今日は楽日。祝日の朝だというのに結構な混み様。「痴人の愛」「刺青」。前者は言うまでも無く谷崎の映画化。現代を舞台にリメイク。京浜急行バスに懐かしさを覚える。ロケ地はおそらく逗子方面か。大楠道代は「ツィゴイネルワイゼン」であるが、この若さはじけるナオミも良い。それにしても田村正和は若い。しかし声は変わってない。あの、気の弱そうな弁解がましい口調も。後者は一転時代劇。若尾主演。昨日と違ってカラーのために若尾の肌の白さが際立つ。しかし艶かしい。色彩の美しさに息を呑む。さすがは宮川一夫。日本映画が生んだ最高のカメラマンの名に嘘偽りなし。
帰りにジュンク堂へ。久しぶりに行くと1階にレジが集中していて2階以上はかなり広々としている。前からこうだったか。「夜回り先生」とその続編を読んでしまう。子どもは社会の鏡であるとの思いをより強くする。いつも被害者は子どもなのだ。ふと子ども時代に読んだ本に出会いたくなり、児童書のコーナーをのぞく。「飛ぶ教室」「エーミールと探偵たち」「二人のロッテ」…あったあった、ケストナーの岩波少年文学全集。このハードカバー、この挿絵。まったく変わってない。奥付を見ると去年に版を重ねている。良かった。いいものは残すべきだ。何かとても嬉しくなる。ついでではないが、そばにあった、トールキンの「シルマリリオン」を買って帰る。明日あさっては掃除と読書で過ごそう。
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by redhills | 2005-02-11 22:43 | 日記

●若尾文子

若尾文子がいい。
新・文芸座で増村保造特集を見る。「清作の妻」「赤い天使」。どちらも若尾が主演。
しかし昔の女優さんてやはり演技うまいよ。若尾の低い声は暗く湿っていてセクシー。それに強さも感じさせる。結局増村特集ではあったが、監督うんぬん以前に若尾文子ばかり見ていた。ま、増村+若尾は有名なので若尾を見ることはまちがってはいないのだが。それにしても若尾は良い。そういえば「赤い天使」の戦争シーンは迫力あった。何と若尾までが銃を手に取り戦うのである。
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by redhills | 2005-02-10 23:58 | 映画

●空転

仕事が止まっている。まあ、あまり実害は出てはいないのだが正直アホらしい泥仕合に見える。いい加減にこんな子供の意地の張り合いみたいなものはやめてさっさと正常化すべきだろう。
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by redhills | 2005-02-10 15:56 | 日記

●ある日の週刊読売

きょうたまたま「週刊読売」の1983年9月18日号を手にしたが目次を見るといろいろおもしろいので並べてみる。

大韓航空機撃墜(発見!発射!問答無用、ソ連核戦略の恐怖)
徹底追跡 田中派の集金マシン竹下登蔵相の金脈、人脈、閨閥、政治力
新連載リレー対談 おもしろまじめアナのちょっとトーク ゲスト:タモリ
筑波科学博がさらう?珍獣コアラ
小説「パリ経由夕闇のパレスチナ」 作:胡桃沢耕史
経済ドキュメント ハイテク列島縦断
ザ・ラグビー 王者・新日鉄釜石、屈辱の夏
いよいよ藤王(享栄高)の時。父親の心境
映画界にデビュー、青田昇氏の末娘の笑顔
結婚、休業記者会見にも余裕の夏目雅子
高田繁のクリーン球談
結局は長崎宏子しかいないロスへの日本水泳界
後楽園の巨人戦がペアで当たるジャイアンツクイズ

バブル前夜の天下泰平の世の中。隔世の観。

ちなみに一番インパクトがあったのはタモリだった。
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by redhills | 2005-02-09 16:22 | 日記

●展示室

 すこし余裕ができたので昼を食べに出る。届け物を兼ねて長い地下通路を歩いていく。

 おもろいものが目に入った。

 『バレンタインチョコレート 展示室』。
 確かによこっちょの部屋に包装された箱が何種類か積み上げられてる。もちろん、僕は入らないが、2、3人の女性がいた。

 でもさ、バレンタインチョコって展示品なのか?
 品評会みたいに選ぶもんか?
 展示室って、博物館じゃないんだから・・・。

 「臨時販売会」だとか「特設コーナー」とかだったらわかる。

 でも、展示室ってどういうことなのか。

 ま、義理チョコだからどーでもいいんだろうけどね。
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by redhills | 2005-02-07 15:07 | 日記

●おわびとそれからリトル君、山にぶつかる

 赤坂日記をごらんいただいているみなさま。ここのところ、更新が出来ていませんで申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。まったくパソコンを使わなかったわけではなく、いやむしろいつもより長くパソコンを叩いていたかも知れず、ただネットをしている時間はあまりなく、しかもそれとて仕事がらみであり、でも時々おそるおそる赤坂日記をのぞいてみると、たくさんの方に来てもらっているのを知り、申し訳ないなぁと思いながらもなかなか書く気になれず、というしだい。

 実は先週から珍しく(!?)、仕事のヤマにぶつかってまして。先月末から「そろそろだぞ」ということはわかってはいたんですよ。それでちょっとじれてきた頃にまず先週の金曜日に来た。んで、火曜から木曜まではそれにかかりきりで木曜は泊り込み。結局金曜の朝に原稿完成。それでよーし、終わったゼイ!と思っていたら、金曜の夜に来週もヤマが、しかも水曜に来るらしいという知らせが。土日は以前から出勤が決まっていたので、なかなか時間もとれず、日曜(きのう) も家に帰ったのは10時頃で。

 珍しいんですよ。ヤマが2週続けてくるのって。たいていは谷なんですが。

 そうそう、山と谷といえば、1980年代後半の阪神のピッチャーのローテーションてゲイル以外頼りなくて、よくゲイルの登板日を「ローテーションの山」って言ってたのを思い出した。
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by redhills | 2005-02-07 06:46 | 日記



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
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