"the Akasakan diary"    ~リトル君の赤坂日記

無題

昨晩は夕食のあと数時間本を読んだ。
ある事情から必要に迫られて村上春樹の「羊をめぐる冒険」の下巻を読む僕の隣のテーブルには1人の若い女と3人のそれよりは少し年上の男がいて、軽い食事やビールを取りながらなにやら楽しげに話しこんでいた。
店は適度に賑わっていた。目抜き通りに面しており、バーというよりはカフェに酒や軽食が出るというタイプの店のため、赤ら顔の2、3人が最後の一杯を引っ掛けに来ているほかは、打ち合わせに利用している客が多いようだった。近くにテレビ局があるせいかいかにもそれらしい一団が目の前で大きなノートや画集を広げて話し合っていて、1人が場を仕切りながら時折凄い勢いでなにやら紙の余白に書き込んでいる。
隣のテーブルの1人の女と3人の男は、4人で話したり、2人の2組に分かれたり、常連らしく注文を取りに来た店長や店員を呼び止めてちょっと談笑したり、メニューにない料理を注文したりしていた。若い女は顔も体型もスラリとしていてスッキリと上品な感じだった。髪は後ろにまとめていて、時々笑い声を立てながら手を叩いたり目を丸くしたりしていた。ややハスキーな低い声が黒のスーツやオレンジ色の照明にひどく合っていた。
僕は時々何という気は無しに耳に入ってくる4人の会話に注意をしてみた。彼らが僕の隣にいた4時間余りの間、他のテーブルの客たちの話し声や店内を歩き回る黒い制服を着た店員たちの「いらっしゃいませ」という掛け声や流れているインストゥルメンタルの「When My Guitar Gentry Weeps」やらが醸し出すざわつきの中、会話はとぎれとぎれに聞こえてきた。4時間の間4人はそれこそ間断なく話し続けていた。
でも不思議なことに、僕には彼らが何について話しているのか何一つわからなかった。彼らは終始楽しげで唯一池尻大橋だとか下北沢だとかいった地名は聞き取れた。けれども結局何を話しているのかその想像すらできなかった。僕はなにやら不思議な気持ちになった。
こうして書いているこの文は明らかに村上春樹の影響を受けている。まるで「村上春樹R」とすかしの入ったノートに書き込んでいるような気持ちになる。「ノルウェイの森」から「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」そして「羊をめぐる冒険」と来たわけだけれども、それはまるで晩秋の並木道を歩くようだった。
金色に染められた道の上を、積み上げられた無数のイチョウの葉を靴の下に1枚1枚感じながらゆっくりと歩いているような気がした。
そんな、全文に贅沢に敷き詰められた比喩表現を味わいながら僕は読み続けた。
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# by redhills | 2007-06-13 06:17 | 日記

●青ざめた寓話~映画「叫(さけび)」~黒沢監督ティーチイン

実はJホラーなるものはほとんど観た事が無い。

さすがに「リング」は観た(テレビでだけど)。

今回、知人のお誘いで黒沢清監督の最新作「叫(さけび)」を観る機会があった。
いささか食わず嫌いで映画自体にそれほどそそられはしなかったのだが、上映後、監督によるティーチイン(質疑応答)があるというのにつられて行くことにした。

(以下はその感想ですが、丁寧に筋を追うこともしないし、ネタバレもするのでご容赦を)

一言で言って、「貧血映画」だなあ、と思った。血の気が全く無い。血の気をすぅーっと失せさせる映画。ま、ホラーなんだから当然か。
主人公の刑事(役所広司)の住むアパートや東京湾など、全体がとにかく青い。青くぼうっとしている。
そのなかで、赤い服の女(葉月里緒菜)だけが赤い。
だが、それはけして血の色ではない。なにせ、幽霊である。血など一滴も流れて無い。その彼女だけが赤いのだが、顔など真っ白で、実は一番「青い」のがこの赤い服の女だったりする。

最初に出てくる東京湾の遠景にひどく違和感があった。事前に何も知らないで観たのだが、もしもレインボーブリッジと思しきものがなかったら、東京には見えなかったと思う。それくらい、見覚えの無い東京だった。
これはほぼ間違いなく、監督はワザとやっている。
そう、刑事の住む家の青い壁や、彼の勤務する警察署の天井の高さや取調室の不必要なまでの広さを見ながら確信した。
それらの、東京ではない東京を見ながら、ある映画監督を思い出した。キム・ギドクだ。

僕は韓国人の監督の中では彼とポン・ジュノが好みだが(彼について以前ここに書いた)、彼の描く世界同様、この映画で描かれるのは異世界としての東京だ。

この異世界東京はまた、ある映画を連想させた。
雨月物語だ。
溝口健二監督の最高傑作は、日本古来の幽玄の美と恐ろしさを世界に知らしめたが、Jホラー作家の中で少なくとも黒沢監督は、その衣鉢を継いでいると感じられた。

いわば、この非現実感、超常感、不条理感は伝統的なのだ。
物の怪とは知らずに一緒に生活する、というのも共通しているし。
また、主人公の追い込まれていく様子はカフカ的でもある。

ある朝、赤い服の女が殺される。その事件を捜査する主人公は、会ったことも無いその女の殺人の容疑者になってしまい追い詰められていくわけだが、彼の元に死んでいるはずの赤い服を着た女が現れるようになる。同じ手口で第二、第三の殺人が起きる中、不明だったその女の身元もようやく判明し、容疑者も彼自らが逮捕する。他の事件の容疑者も別人が特定され、一件落着かと思われたが、家に帰ると赤い服の女はまた現れる。主人公は混乱する。いったいお前は誰なんだ。女は答えない。まあ、そう来なくちゃ面白くないしそれを論じる気も無いのだが、彼は気狂いじみた執念で謎に迫り、ついに女のいる(もしくはいた)場所へと足を踏み入れる。そこで彼は彼女の悲しみに触れ、彼女を「見つけた」唯一の者として「許される」。アー、良かった。これで幽霊さんも無事成仏して役所さんも腐れ縁の小西真奈美ちゃんと安心してまったりできるね、と思うがそうはならない。赤い服の女の骨を詰めたバッグを手に家に帰った男はそこで、自分がとうの昔に同棲相手の女を殺していたことを知る。あら、そうだったのね。許しを請う男にまったく怨み言を言わない女。恨まない幽霊さん。ここもポイントなんでしょう。

女(の霊)との別れを経て、男は家を出る。
ここで、アッと思った。
見覚えのある東京が出てきた。
男が交差点を横切っていくだけなのだが、あの東京は僕の居る東京だった。

つまり、男は帰ってきたわけだ。
この世界に。

監督自身は「終わりがしっかり出来なくて。エンディングらしきものも撮ったんですが結局切っちゃいました」とおっしゃってましたが、僕にはしっかりと物語のおわりが感じられました。大仕掛けといえるようなシーンは1つか2つで、全体的に丁寧な作り。なるほど、これがJホラーなんだなあ、と感じた次第。

上映後の監督ティーチイン。出た質問と監督の答え(と自分の反応)はこんな感じ。

Q以前にも幽霊に赤い服を着せていたが、監督の赤い服へのこだわりとは?
A特に無い。服の色に意味は込めてない。白は貞子だし黒や緑は前にやったし、黄色にしたかったけど他にあるし、じゃあ前にやったけど赤にしようか、という感じ(ふーん)。

Q普通は幽霊を見た人が叫ぶのにこの映画は幽霊のほうが叫ぶのが面白い。この発想はどこから?
A幽霊といえば「うらめしや」が決まり文句だけど、何か別な言葉を言わせたかった。貞子なんか一言もしゃべんないし最近は黙ってる幽霊が多くて。いろいろと幽霊の常識を覆したかった。そこでいろいろ考えたんだけど思いつかなくて叫ばせることにした。最初は「キャー」じゃなくて「ヒィー」っていうのがプロデューサーのリクエストだったんだけど、口を大きく開けてっていう見た目のリクエストからして、それは無理ですよ、と。音をとるか、見た目をとるかでもめたんだけど、結局見た目を取った。出来は楳図かずおチックになりました(納得!これは、赤い服の女のメークや表情、男に迫っていく時の手のポーズなんかからも強烈に伝わってきた)。

Q主人公の相棒の刑事が死にますけど、彼は赤い服の女と何の因果も無いのでは?
A確かにその通り。なぜ彼が死んだのかという説明は一切無い。まず意図としては、作品中に「これはホラーなんだ」という強烈なシーンを入れたかった。それから、彼が死んだ理由ですが、一般人が踏み込んではならない場所に不用意に入り込んだらこうなるよ、というイメージです。あのシーンは最初引っ張り込まれるというシナリオだったんだけど、撮っていくうちに押し込まれる、というように変わった。多重撮影して後から合成したんだけど、想像以上に「うわー」な出来になりました(納得!自分もあのシーンはホラーらしい売り物シーンなんだろうと思った)。

Q第二の殺人の容疑者の男がビルから飛び降りる場面がありますが、あれはどうやって撮ったのか?
A実際には数メートル下にクレーンで大きなマットを吊ってそこに飛び降りたんだけど、それでもかなり恐かったらしい。飛び降りるところ、飛んでいる途中、地面に落ちるところ、それぞれ別に撮ってうまくつなげました。1日がかりでした。こういうところにカネや手間がかかってます(ふむふむ。確かにあそこはフィルムが途切れて無い様に見えて自分もオッと思ったな)。

Q見た限りでは主人公は一向に許されていないように感じたが?
Aおっしゃるとおり。みなさん、観終わってもすっきりしないと思う。実は自分がここで込めたのは「許されるつらさ」。彼が殺してしまった女は彼に怨み言一つ言わないし、そもそも怨んでないわけですが、ふと、許されないよりも許される方がつらいんじゃないか、しんどいんじゃないか、と思ったわけです。彼が女を殺した動機は、劇中にも出てきましたが「一切を無しにしたかったから」です。ズルズルと続いてしまっている関係、確かに神経使わないけれど面倒でもあるわけで、ある時にそれを精算したくなったということです。でも、清算したつもりでもその結果はもっとつらいものになるんじゃないかな、と(鋭い質問。監督の答えにも納得。自分も「許されるつらさ」を感じた。)。

自分も1つ聞きたくて手をあげたのだが、残念ながら指名されなかった。劇中何度も起きる地震は何の象徴なのか、教えて欲しかったんだが。でも映画も質疑応答もとても面白かった。

Oさん、ありがとう!
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# by redhills | 2007-03-29 20:56 | 映画

●わかっちゃいるけど、ハイ、それまでよ

わかっちゃいるけど、植木等が死んだ。
何がわかっちゃいるって、人はいずれは死ぬってこと。

わかっちゃいるくせに書くのが2日も遅れたのはその日いろいろあったから。
まず帰り道で夕飯を食べに立ち寄ったラーメン屋で高校の同級生にバッタリ会った。
何年ぶりかわからないくらい久しぶりだった。
そのくせメールのやりとりは続いていてつい先日も会社(実はこれも自分が勤めてたのと同じ会社)をやめて外資系の会社に転職したという連絡をもらっていた。
そういえば会社、赤坂にあるって書いてあったな。
彼が1人でなかったこともあり食べながら15分くらい話しただけで今度飲もうということで別れた。
それにしても本当に偶然とはこわいもんだ。
何がこわいってその前に自分は郵便ポストを探して赤坂近辺をウロウロしていた。
その時は別の店に入るつもりだった。
それが何となく入ったら空いていた席の隣に(正確には彼の連れを挟んで)彼がいた。
いやー、こわいねえ。こわいこわい。

そう思いながら家についてテレビをつけたら植木等の顔が映っていた。
自分はケーブルテレビなどで映画やスポーツを見る以外はあまりテレビを見ない。
それがテレビをつけたのには訳があった。
10時にその番組は始まった。

宮崎駿はマスコミ嫌いで知られる。
彼とスタジオジブリが有名になればなるほどますます彼はマスコミが嫌いになった。
アニメを見るとバカになる。
こんなモノに大騒ぎして本当に日本の行く末が心配だ。
そう真顔でいう気難しいオヤジである。
それがテレビの取材を許可した。しかも100日間という長期取材。
ディレクターが1人だけでハンドカメラでならという条件つきだが。
超1流のクリエイターがどうやって創造するのか。これを見ないわけにはいかない。

脳みそに釣り糸を垂れる。
始まっちゃったなあ映画づくりが。
今まで沢山書いたのは現象で今書いたのが本質。
映画はそういう時間にできるんだよ。

頭をかきむしってダメだとうめいて書きかけを破り捨てたり立派なおヒゲねという子どもにどういたしましてと声をかけたりもういいだろうと取材を追い払ったり。
1人の人間の喜怒哀楽に大いに共感した。
孤独から作品は生まれる。創造の源は自分の中にある。
つまりはそういうことなんだよなあ。
もう1つ瀬戸内の高台から望んだ海の景色が素晴らしかったのは発見だった。
瀬戸内って内海だから面白みが無いってイメージがあったけど全然違う。
ラピュタこそ頂点だと思っている者としては「崖の上のポニョ」は久しぶりに期待できそうな気がした。
息子への贖罪の思いが彼の創造の邪魔をしなければという前提だけど「ゲド戦記」を見たときの彼の狼狽振りを見ていればその恐れは低いのではないかと思うし。
いやあおもしろかった。1時間があっというまだったよ。
終わったあとも映画作りについてあれこれ考えてた。





だからって植木等の死について書くのが遅れた言い訳にはならない。
んなこと、わかってらあ。

ハイ、それまでよ。
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# by redhills | 2007-03-29 19:36 | 日記

●雨降って、地固まる?

さて、対岸のマドリーを見ていたら突然こちらにも火の手が上がりましたねえ。びっくりです。

膝の大怪我から、必死のリハビリで予定より2ヶ月も早く驚異の復帰を果たしたサミュエル・エトオさんがやってくれました(笑)。

週末のラシン戦での残り5分、ライカールト監督がカンプ・ノウのファンの前で復帰させようとしたのを拒み、返す刀で監督やロナウジーニョを大批判、おまけにチーム内に2つの派閥があり自分はその板ばさみとなって損な役回りだ、とメディアの前でぶちまけちゃいました。をいをい…。

いやはや、困ったもんです。彼には、2シーズン前のリーグ優勝の際、以前自分が在籍していたマドリーを侮辱するような言動をして非難を招き、後日謝罪するはめに陥ったという前科があるのですが、どうも精神的に未熟な面があるようです。

まあそもそも、デランテロ(スペイン語でフォワード)はサッカーでも最も攻撃的であらねばならないポジションであり、少しくらい利己的でわがままなくらいがちょうど良いとも言えるのですが、(その点、W杯で不可解なプレーを見せた日本のY選手などは甚だ不満が残るところです)、彼も問題を起こすのはこれで2度目です。大怪我から復帰したばかりで不安もあり、ストレスも溜まっていたのでしょうが、もう少し自分の発言がどんな結果を引き起こすのかにも気を回して欲しいものです。この点、チームの第2キャプテンを務めるロナウジーニョはずっとオトナな対応ができるんですが…。

案の定、彼の爆弾発言は世界中のメディアの格好の餌食となってしまいました。バルセロナで内紛勃発、閉ざされたロッカールームの実態が明らかに、実は仲が悪かったロニーとエトオ、果てはエトオ、アーセナルへ移籍か、という飛ばし記事も出る始末。チャンピオンズリーグの再会も間近に迫りリーグも佳境、大事な山場にさしかかったこの時期に突然降ってわいた騒動に、我がバルサの結束が問われました。

だがしかし。さすがはビッグクラブの中でもまとまりの良さでは群を抜くバルサ。まずはラポルタ会長がエトオと話し合い彼の行動に理解を示すと、今度はライカールトとも会談。そしてライカールトとベギリスタイン(テクニカル・ディレクター)が記者会見を行い、ライカールトの方から、エトオには今回の件で一切の処分をしないようクラブ側に求めたことを表明しました。見事な危機管理です。

では実際のところ選手達の間はどうなのだろうか、現場は元に戻ったのだろうか、それを見極めようとメディアが殺到する中行われた公式公開練習。もちろん、注目を浴びたのはエトオとロナウジーニョでした。クラブも充分にそのことは承知の上。練習開始時間を30分遅らせました。まずライカールトから選手たちに説明があり、その後選手たちの間で話し合いが行われたようです。揉め事が起きてもオープンにして話し合って解決してゆく。素晴らしいです。そして練習場に現れた二人は…、こうなりました。

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もちろん、エトオもロニーも感情を持った1人の人間ですから思うところはあるでしょう。でも、それを乗り越えて行けるだけの力が2人には、バルサにはある。そう信じたいところです。この騒動が本当に過去のものとなったのかどうかは、これからの試合内容が示してくれることでしょう。
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# by redhills | 2007-02-16 15:33 | サッカー

●分からん。いや、ほんとに…

某大臣による「女性は子供を産む機械」という発言が問題になっている。

安倍政権の年の瀬を襲った政治資金問題(大臣1人辞任)を、参議院副議長スキャンダルで打ち消してヤレヤレと思った矢先の、この騒動。野党はこれを奇貨として、同盟国を批判しまくる愉快な防衛大臣とセットに、開会したばかりの通常国会で攻勢に出る構えだ。

まあ、与野党の攻防は毎度のことなんで余り興味はわかないけど、この「産む機械」発言はなかなか隅に置けないものがあると思う。

なにせ、発言したのが少子化問題を所管している「厚生労働大臣」。
しかも、公的な会合で、少子化問題をどうするか話している中での発言だというのだから恐れ入る。

少子高齢化とか、出生率とか、人口減少とか、そういった問題を数字のみで考えているとこうなるのだろうか。

もちろん、一国の活力の源泉としての人口動態の変化は、長期的政策の根幹となる重要指標であることは言うまでも無い。
でも…一人一人の国民は、女性は、単なる数字じゃない。

そんなこと、分かってるはずなんだけど。
どうも、分かってないらしいんだよね、こういう発言聞くと。
何が分からんって、それが一番分からんところ。

ちなみに嫌味半分に言っておくと、このお方、東大卒の元大蔵官僚です。
わが国のエリートよ、しっかりしてくださいね。
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# by redhills | 2007-02-01 16:51

●こちらの復活は期待薄?

レアル・マドリーのロナウドが今月からACミランに移籍する。

ご存知の通り、年俸60億の5年契約(どこからそんな大金が出てくるのだろう)と言うベッカムの7月からのMLSへの移籍も決定しており、これにより「El Galacutico(銀河系)」は名実共に消滅した。ま、フィーゴ、ジダンが去った時点で銀河系は実質的に崩壊しており、残っていた彼らはもはやスターダストでしかなかったのだが。

ロナウドはしばしばフェラーリに例えられる。つまり、とてつもない高性能だが扱いが難しく、なかなかスペック通りの性能を発揮しないのだ。だがそれにもかかわらず、彼をコレクションしたがる金持ちが引きも切らないのも、またロナウドらしい。

今回は、アブラモビッチにシェフチェンコを取られて得点力が激減し、どうにもならなくなったベルルスコーニがオーナーになった。果たしてロナウドは再生するのだろうか。ロナウドがまだ若く(といっても彼は今でも30歳なのだが)、バルサで得点王を取った頃のプレーは本当にすごい。だからバルセロニスタにとって、彼の移籍はちょっと複雑な思いなのだ。
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# by redhills | 2007-02-01 16:27 | サッカー

●期待してもいいのかな?

昨年の国内の映画興行収入で、21年ぶりに邦画が洋画を上回ったらしい(記事はこちら)。

21年振りといったら大ニュースだと思うが、これはそれほど驚くような結果ではない。それどころか充分予想できたことだ。

赤坂日記でも2年前に書いた様に数年前から日本映画に復活の兆しはあった。その要因としてはまずシネコンが挙げられるだろう。

1ヶ所に大小複数のスクリーンを持つシスコンの登場により、状況によって上映する映画を入れ替えたり、上映時間をずらしたりなどといった、きめ細かな興業を展開することが可能になった。例えば、公開当初は一番大きなスクリーンを使い、時間の経過と共に徐々に小さいスクリーンへ動かしていくといったことができるようになり、興業が効率的になった。

また、観に来る客も、いつ行っても待たされること無く映画が見れる(人気の作品は同時に2つのスクリーンで上映時間をずらすなどにより)ということで、映画館に客足が戻ってきた。

それと、映画を作る際のコストが下がり、映画製作のハードルが低くなったのも要因だろう。これは大作映画についてではなく、特に若手監督が自主製作する場合などにおいて効果が大きいのだが、例えばデジタル技術の進展により、以前はありえなかったデジタルビデオでの撮影、編集、上映が可能となった。人件費が余り必要でない自主制作にとって最大のコスト要因は、高いフィルムの購入費と現像費、そして撮影機材や編集機材、スタジオのレンタル費であった。

それがデジタル化の結果、フィルムは不要となり、いくらでも撮り直しができるようになり(フィルムは失敗したらすべて無駄になる)、映像チェックもその場ですぐ出来るようになり、編集もスタジオを使わずに自宅のパソコンで手軽にできる様になった。もちろん、品質で同等とは行かないが、若手の監督やスタッフにとって、はるかに気軽に映画を撮れる環境が提供されたことは見逃せない。

そして、映画畑以外の分野からの資本・人材の流入が活性化をもたらした。特にテレビ局や大手商社が仕掛けた、メディアミックスによる映画事業が軌道に乗ったのが大きい。映画化とテレビドラマ化、それとDVD化によって、1粒で2度ならず、3度4度とオイシイビジネスモデルが出現した。いわば身内であり、製作側の意向も熟知したテレビ界やCM界のディレクターを起用することで手堅い映画製作を指向した事も良かったのかもしれない。

まあ、それら様々な要因が重なり合って邦画が盛り返したわけだ。

映画からの逆流現象も起き始めた。2年前に名前を挙げた中でも、沢尻エリカや蒼井優は人気急上昇だし、その他にも上野樹里や宮崎あおいらも、ほんの1、2年前までは映画が活動の中心であったのに、今や月9や大河の主役を務めるまでの人気だ。日本映画の元気を象徴した現象であると言え、映画好きとしてはまことに嬉しい事態と言って良いと思う。

ただ苦言もある。肝心の中身だ。邦画興収1位の「ゲド戦記」、2位の「LIMIT OF LOVE 海猿」ともに酷評を受けた。ゲドは作者のル・グエン氏が(宮崎アニメのファンであったにもかかわらず)その出来の悪さに激怒したらしいし、海猿は海猿で、映画の山場、生きるか死ぬかの場面で、主人公が生存者の救難に向かった沈没船の中、岸辺でそれを見守る恋人と携帯電話で愛してるだの何だのとアツイ会話を交わすという、ヤバイ映画である。

とはいえ、今や状況は整いつつある。近いうちに、映画史上に残る名作が日本で誕生することを期待しよう。
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# by redhills | 2007-02-01 12:25 | 映画

●こころあらたに

年が明けた。
だのに、これほど年が明けたという実感の無い新年は記憶が無い。
忙しかったわけじゃない。
いやむしろ暇だったというべきだろう。
だからなのか。
確かにそれも理由かもしれない。
ちょっと長めの連休を過ごすかのような1週間だった。
紅白もまったく見なかったし。

でもまあ、なぜか、なんてことはこの際置いておこう。
問題は僕の今のこの、心の落ち着かなさなのだから。

最近、心の居所が良くない。
気分が悪いというのでもない。
不安にさいなまれるというのも違う。
ストレスがたまる、というのも正しくない。

毎日、起きて、食べて、働いて、遊んで、寝る。
さまざまな人やモノ、情報が僕を通り過ぎていく。
何かが僕のドアを叩き、僕は何かを感じる。
その感じ方がおかしい。
どうにも治まらない強烈な違和感がある。

なんでこんなに批判的なんだろうか。
どうしてこんなにも僕は他の人々に影響されているのだろう。
気が付くといちゃもんをつけて満足している僕がいる。
最初のうちは相手に腹が立っていた。
批判することで心のバランスを取っていると思っていた。
でもそれは違った。
今は自分のその心の動きが腹立たしい。
自分のくだらない心の動きが愚かしい。

何かに批判を垂れて事足れりというのはもうやめよう。
ここにある命、ここにある心を無駄にするのはもうやめよう。
命の使い方、心の在り方を本来あるべきものに戻そう。

そんな風に思った。
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# by redhills | 2007-01-09 22:36 | 日記

●終わった~バルサの冒険CWC編(3)

まあ、よくある話だ。
フットボールでは何でも起こりうる。今日起きたこともそんなことのうちのひとつだ。
また来年戻ってくればいい。

あ~あ、負けちまった…。
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# by redhills | 2006-12-18 00:48 | サッカー

●ショウタイム~バルサの冒険CWC編(2)

画面越しにもはっきり見える雨の中、横浜国際競技場はブラウグラーナ(青とえんじ)の男たちが縦横に躍動する舞台となった。

正直、クラブアメリカは侮れない相手だと思っていた。コンディションもまだ上がってこないだろうし、フットボールというものは何が起こるかわからない。勝つと信じてはいたものの厳しい試合になるだろうと思っていた。でもそれは杞憂だった。ほぼ完勝だった。

体調不良のエジミウソンの代わりにモッタがボランチに入った以外は現在のベストメンバーで望んだバルサ。やはり切れが無く体が重そうだ。案の定、開始早々、一泡吹かせようとモチベーションが上がっているクラウディオ・ロペス(元FCバレンシア・元アルゼンチン代表)にあわやという場面を作られたが、結局失点の香りが漂ったのはこのシーンのみだった。

とにかくクラブアメリカは戦術を誤った。あれだけ中盤のプレッシャーが弱ければ、いくら疲れの残るバルサでもボールが回せる。来たボールを受け止め、そのボールを仲間へパスする。ボールに触り続けることで体も暖まり、コンディションも上がっていく。そしてその、まるで遊んでいるかのようなボールを介してのコミュニケーションのなか、突如としてプレーの精度とスピードが劇的にアップする。11分、ロニー→デコ(ダイレクト)→ロニー(ダイレクト・ヒール)→イニエスタ(ワントラップからスルーパス)→グジョンセン(ボレーシュート)と渡った1点目は、このチームの技術と成熟度がどれ程の高みに達しているのかを示していた。

ロニーがデコにバックパスしたとき、すでにイニエスタはロニーとクロスするようにゴール前へと走り出していた。それを視界の隅に収めつつ、ロニーはパスを出したデコに向かって近づいていく。デコも躊躇無くロニーにボールを返す。そのボールをロニーがノールックでバックヒールで蹴ると、それが加速したイニエスタにピタリと合う。ペナルティーエリアは目の前。ボランチが必死に彼に付いて行く。最終ラインのディフェンダーが体を寄せる。だがその瞬間をじっと待っていた男がいた。

イニエスタは加速しながらも当然、その男の動きを追っていた。ワントラップの後、自分のドリブルを止めようと右サイドバックが前に重心を浮かせた瞬間、それを見計らったかのような丁寧なラストパスが「アイスマン」グジョンセンの前のスペースへと放たれた。パスの強さとボールの転がり具合を慎重に見極め、体を左に倒しながらグジョンセンがしっかりと右足のインステップで叩いたボールは、体を投げ出したキーパーの手の先をすり抜けゴール右隅へと転がっていき、サイドネットを揺らした。1つのボールをめぐって4人の選手がお互いの意図を完全に理解し、お互いを信じて体とボールを動かした、完璧な先制点だった。

クラブアメリカとすれば、何としても前半は0に押さえて後半のワンチャンスに賭けたい、という思いでいたろう。そのゲームプランを打ち砕く完璧なゴール。1人の人間による超人的な個人技による突破や遠距離からのミドルシュートではなく、複数のプレイヤーによる有機的な連動性から生まれたこのゴールは本当にこたえたろう。スタンドで観戦していた、「現在世界で最高のサッカーをしているのはバルセロナ」と語る、日本代表監督イビチャ・オシムの目にも理想のゴールと写ったことだろう。この1点目で勝負は7割方ついてしまったと思う。それくらい、意味のあるゴールだった。

これでほぐれたバルサはどんどん中盤でボールを繋げるようになってゆく。逆にクラブアメリカは一層萎縮し後手に回ってゆく。ボールを奪っても攻撃が繋がらず、ボールホルダーがボールを持って初めてパスコースを探す有様でフォロワーも動き出しが遅い。単発でロングパスを蹴り込むか、囲まれてボールを奪われる。そしてまた守備に追われる羽目になるという悪循環に陥っていく。

そして程好い時間に追加点。30分。デコの蹴ったコーナーキックからマルケスのヘディングが突き刺さる。自身の母国、メキシコのチーム相手に挙げた感慨深いゴール。前半で2-0。バルサはクラブアメリカに体勢を立て直す余裕も与えない。

後半はもう一方的だった。モッタに代わってシャビが入り、より一層攻撃的となったバルサは完全に中盤を支配し続ける。ジュリの突破から冷静にロニーが決めた3点目。ロニーの突破を3人がかりで止めたものの、完全にフリーとなったデコに芸術的なミドルシュートを許した4点目。そしてロスタイムの、ゴールこそならなかったものの、驚異的なテクニックでディフェンダー3人とゴールキーパーを欺いた、ロニーのループシュート。最後の最後まで、雨の中駆けつけたサポーターを飽きさせない魅力的なフットボールを展開したバルサのショウに酔った90分だった。
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# by redhills | 2006-12-15 01:11 | サッカー

●最後のピースを求めて~バルサの冒険CWC編(1)

リーガ・エスパニョーラばかりか、昨シーズンは見られたチャンピオンズリーグもバルサTVで放映されない、という悲しい状態のために、わがバルサの2006-2007シーズンの冒険をつぶさに見ることが出来ないもどかしさがやるせないのだが、昨シーズン僕らを魅了した冒険にはまだ続きがあった。クラブ世界一決定戦、クラブワールドカップ(CWC)が始まり、昨シーズンのヨーロッパチャンピオンであるバルサが11日に来日したのだ。

1899年の創設以来、数々の栄冠を手にしてきたバルサがその手に抱いていない唯一つのタイトル、それがクラブ世界一の称号だ。前回(1992年)ヨーロッパチャンピオンとして来日したドリームチームは、ライーを擁するサンパウロ(ブラジル)に苦杯を喫してしまった。あれから14年。やっと雪辱の機会が訪れたのだ。

リーガの試合を終えてすぐに日本へという強行日程。1週間に2試合、8時間の時差を2日で解消して試合に臨むという厳しい条件。果たしてバルサらしい華麗なフットボールが展開できるのか不安もあるが、「今回の来日ではプロモーション活動は一切行わない」というチキ・ベギリスタインTDの言葉に、試合のみに集中するのだ、必ず勝つのだ、というクラブの決意が伺える。

ここにきてコンディションを上げてきたロナウジーニョも「僕らがクラブの新しい歴史を作るんだ」と語るなど、選手のモティベーションも上々。気がかりはエトオ、メッシ、サヴィオラが欠けて層が薄くなっているフォワードだが、グジョンセンやジュリ、そして期待の新星、ジオバニ・ドス・サントスが彼らの不在を忘れさせてくれることだろう。

世界一の中盤に死角は無い。デコ、シャビ、イニエスタのうちの2人がロナウジーニョと奏でる調べは必ずや僕らを魅了してくれることだろう。

下馬評どおりなら、18日の決勝は南米代表のインテルナシオナル(ブラジル)となるだろう。このチームはロナウジーニョがかつて在籍していたグレミオのライバルチームだ。遠路はるばる応援に来たサポーターの前で彼にだけは好きなプレーをさせまいと彼らは必死になって向かってくるだろう。熱く激しいゲームが期待できる。そして、90分(120分かもしれない)の激闘の後、今地球上で最も華麗で、最も攻撃的で、最も強いチームがどこであるかがはっきりすることだろう。

バルサに欠けていた最後のピースを手にするための戦いがいよいよ始まる。
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# by redhills | 2006-12-12 00:05 | サッカー

●思えば遠くへ来たもんだ

いやあ、うっかりしてました。
ほんっと、緊張感無いとこうなるわけで。

いやなに、今気がついたんだけど、先週の水曜日の18日に、当ブログ「リトル君の赤坂日記」の来訪者が通算で10000人を突破していたのです!

   ♪パンパカパーン(らっぱの音)

といっても、ディズニーランドみたいに誰が1万人目の来訪者なのかは分からないんですけどね。いや実のところ、ディズニーランドだって、どうやって区切りの人を決めてるんだろう、不思議だ。ゲートは沢山あるのに。

ま、それはさておき。

本当に偶然なんだけど、ブログを始めたのは2004年の10月19日。
そう、わがブログは、ちょうど満2年となる最後の日に区切りを迎えたのです

最初に書いたのは、「思い出の10・19」。近鉄バファローズ対ロッテオリオンズの死闘についてのお話だったっけ。

思えば遠くへ来たもんだ。
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# by redhills | 2006-10-25 20:34 | 日記

●「IKEA」探訪記 その4

これは予定外!時間が惜しいのでいささか早足になる。別にこれから行くところがあるわけではない。なんといっても、せっかくのIKEA。昨日は素通りした2階をじっくり見てみたい。なにせ、家具屋さんに来てまったく家具を見なかったわけだし。

エスカレーターを目指す途中、沢山の人が何やら書き込んでいる。お兄さんが大声で叫んでいる。聞くとファミリーカードの申込みらしい。「入会されると2階のカフェテリアでコーヒーが1杯タダで飲めますよ」と言われる。ファミリーじゃないがその場で入会する。

気を良くして2階へ上がり、まずはゆっくりと見渡してみる。落ち着いて見ると昨日とは印象が違っている。家具屋さんといっても、単純に家具が並んでいるわけではない。広々とした店内に、さまざまにコーディネートされた部屋のディスプレーが並んでいる。

もちろん、展示されている商品の品番はすべて分かる様になっている。客はメモ用紙と鉛筆(至る所にある)で気になる商品を書き留めておく。もちろん全ての商品は、座ったり寝転がったり、じかに触れることが出来る。ミソは、使われている家具が(小物類も含めて)全てIKEAの商品であるということと、その値段。「この部屋の商品、丸ごと全部で○○万円」とか書かれている。やはりかなり安いように感じる。

だが自分はYさんにコーディネートをお願いしている身。この場で何かを選んで買うつもりは全然無いのだが、見れるだけ見てやろうという貧乏人根性だけは強く、ひととおり見て回ることにする。

ディスプレーは何十セットも続いている。居間に始まり、食堂、台所、書斎、子供部屋、寝室、トイレや風呂場、そしてガーデニングにいたるまで。「家具」の範疇に収まらないものも含め、「すまう」ことに関するモノの全てがそろっている。一気に見るのは大変だが、途中には何ヶ所か休憩所があるし、また近道もあるので、見たいところだけを選んですばやく移動することも出来る。

広々とした通路を人々が思い思いに行き交っている。どの顔もみなほころんでいる。

これは家具屋さんでいつも感じること。家具屋さんは若いカップルや小さい子供連れが多いので、店内に幸せオーラと躍動感がみなぎっている。そしてIKEAはそれが特に強い。あれがいい、これもいい、あら、これなんかこーんなに安いじゃない、とか、どの顔も家具選び(というかディスプレイ鑑賞?)に真剣かつ夢中のご様子。

自分としては、ソファとか照明とかにかなり惹かれる。まあ、欲しいなと思っているのだから当り前なのだが。気の向くままに座ってみたりする。キッチンなどは何となく北欧っぽさが感じられるような気がする。

さすがにディスプレーされている部屋はどれもセンスがある。ひとたび座ると立ちたくなくなって困る。1週間ごとに部屋を取り替えられたらいいのになあ。よく思うのだが、家具屋さんに住めたらどんなに素敵だろう!体験モニターってことで募集してくれないかしら。

そんなことを考えながら、ややへばって来たので最後の方は割と簡単に済ます。そしてやっとカフェテリアに到着。時間も7時前ということでちょうどお腹も空いてきた。というわけで、IKEAで晩御飯となる。食後にはコーヒーもついてるし。

メニューを見る。スウェーデン風ミートボールが気になったのだが、結局今日のパスタにする。トマトソースがウインクしたのだ。さっそく列の最後に並ぶ。時間が時間だけに混みあっている。

システムは社員食堂みたいなもので、トレーをとり、好きなものを取って行き、最後にレジで会計をする。度に何枚もトレーを並べて移動できるカートが面白い。子供連れの若いお母さんたちのグループが使っている。

パスタをもらい、ボウル一杯にサラダを盛り、コーヒー用のコップを取ってレジへ。当然のことだが、食器類はすべてIKEA製。しかも昨日自分が買ったのと同じものもある。わずか2日の間に、もう見慣れた感じがしてくる。と、ここでコーヒー用のコップが実はビール用だったことが判明する。さてどうする。「ただでコーヒー飲めると思って」とは言い出しにくい。

だが良く見ると、レジの脇に同じコップが山積みになっている。レジのおばさんがにこやかに微笑みつつ、「コーヒーはあちらの喫茶コーナーでファミリー会員だと言って頂ければサービスいたします」とおっしゃる。そうだろう、そうだろう。同類は多いのだ。

適当に席を選んで食べる。…絶句。うーん。辛い。とにかく塩辛い。トマトソースの味じゃない。食器は良いけど、残念ながら味はいただけない。で、肝心のコーヒーなのだが、すごい長蛇の列が出来ているので諦めることにする。時間帯が悪すぎたのだと自分を慰める。

1階へと下り、2、3小物を買って店を出る。両手一杯に荷物を抱えた人たちを横目に家路を急ぐ。今度来るときはぜひミートボールにトライしてみよう。でもその前に、Y先生からはいったい、どんなコーディネート案が出てくるだろう。我が家があのIKEAのディスプレーのように大変身するのだろうか。う~ん、本当に楽しみだ。

(おわり)
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# by redhills | 2006-10-20 21:04 | 日記

●「IKEA」探訪記 その3

その品とはプラスチック製の袋止めクリップの袋詰めである。Yさんに薦められてHさんと私で1つずつ、合計2つ買った。別会計だと面倒だからと一緒にしたのだが、こちらがいいと言うのにHさんが「払う」というので、いくらだろうとレシートを見てみる。すると…。

20×290と書いてある。あれ、確かにこれのはずだが。レシートを上から下まで見る。やはりこれに違いない。2個買ったはずが20個買ったことになっている。

さすがのレジのお姉さんも連日の満員盛況で疲れていたに違いない。ここは慌てず騒がずまずは電話だ。さっそくかけてみるが話し中でつながらない。明日電話してみることにする。

Hさんには家についてからも大変に世話になる。家で買ってきたものを全部開ける。食器類を洗う。商品についているシールを一枚ずつ剥がす。食器棚を整理して新しい食器を収納するスペースを確保する。あれこれで2時間ほどかかったろうか。

真っ白い皿2種類とスープ用ボウル。ナイフ、スプーン、フォーク。それらすべてが6セットずつきれいに並ぶ。なかなか壮観だ。それと鍋2つに包丁3本などなど。まさにHさん、Yさん、IKEA様々である。これであと足りないのはコップくらいであろうか。

翌日になり午前中に電話をする。指示にしたがってオペレーターへ。程なく繋がり事情を説明する。どうやら返品と同じ扱いで店まで行く必要があるらしい。暇だから行くのはいいが、こちらに非が無いのに出向くというのも如何なものだろう。それに交通費だってばかにならない。

いや実はそれが気になっていたわけなのだが、それを知ってか知らずか電話に出た女性はなかなか巧みな対応振りである。「相談しますので少々お待ちください」ということで、いったん電話を切り返事を待つことになる。

10数分後に電話が鳴る。交通費も出るということで一安心。やはり言ってみるものだ。住所と店までの交通手段、それから往復の交通費を伝える。最後に彼女は「窓口でお名前を言っていただければ分かるようにしておきます」と、嬉しいことを言ってくれる。

電話を切ってからいつ行こうか考える。昨日だってあの人出だ。あしたからの週末ともなればもっと混むに違いない。ならば平日の今日行った方が良いだろう。というわけで、午後に昨日同様、IKEA港北店を目指して家を出る。

店には4時頃に着く。教えられたとおりにレジコーナーの左手へ。向かって右手に返品コーナーを発見。2度目ともなると要領もわかって迷わずに目的地へと到達。さっそく受け付けへ。

そこはやはりとても広々としている。受付カウンターが6つほどあり、担当者らしき人は4名ほど。利用者もそこそこにいて、銀行のようにカードを引いて自分の順番を待つ。待っている人が座るためのベンチがあるのだが、これがやたらと大きい。さすがは北欧サイズ。ひじ掛けで1人分ずつ区切ってあるのだが、悠々2人座れそうである。

すぐに番号を呼ばれて窓口へ。やや年配の女性が対応してくれる。レシートを出して昨日から今日にかけての経緯を説明する。だが、説明しながら相手の様子を見ると、どうもおかしい。眉間にしわを寄せて聞いている。返品が仕事で返金には慣れていないのだろうか。すこし不安になる。

一通り説明し終わる。「少々お待ちください」と言われてベンチへ。確かに自分の名前は伝えた。話は通っているはずなのだが。まあ、あとはとにかく待つしかない。

他のお客はどんどん用事を済ませていく。だが待てども待てども自分にお声はかからない。かといって他にすることも無いので様子を見ていることにする。

彼女はまず1人でいろいろ考えてからどこかへ行っていたが、やがて戻ってきて、再び頭を捻っている。そしてまたどこかへ行き、今度は若い女性を連れて来た。やがて、後から来た女性の方が何やら打ち込んだり画面を覗き込んだりし始める。2人の悪戦苦闘ぶりに、自分が何か大変なことをしてしまったような気がしてくる。いっそのこと、Yさんを呼んだほうが手っ取り早いのかもしれない。だが生憎彼女は今日、お休みなのである。

そろそろベンチの木の硬さが気になってきた頃、やっとお声がかかる。「あのう、失礼ですが、お客様は社員の方でしょうか」ああ、そうか。そのことを忘れていた。一瞬どうしようかと思ったが、友人なんです、と言うと納得してくれる。さらにもう少し待たされたのち、再び呼ばれる。必要個所にサインをすると、レシートとともに幻の18個分の代金が戻ってきた。かなり待ちくたびれた感じがする。時計を見ると4時40分を過ぎていた。

(つづく)
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# by redhills | 2006-10-14 01:13 | 日記

●美しい勝利

勝利は美しく、敗北はそうではないと言う。が、グッドルーザーという言葉もある。だからそれは必ずしも真実ではないのかもしれない。
どちらが正しいのかは分からない。でも、見ている側も心を洗われるような勝利の場面というのはやはりあるものだ。

10日の中日ドラゴンズの優勝と、昨日の北海道日本ハムファイターズの優勝には、どちらにもそういう場面があった。

巨人戦の延長12回。優勝をほぼ決定付ける4番ウッズの満塁ホームランが飛び出したとき、信じられないものを見た。ベンチで、あの落合監督がハンカチでまぶたを拭っていたのだ。確かに中日は5点をリードし、裏の巨人の攻撃には守護神岩瀬が控えている。誰もが勝利を確信したことだろう。でもまだ試合中である。それに選手やスタッフならともかく、よりにもよって、監督が、である。しかも、普段は試合中に何があっても表情1つ変えず、冷徹な采配をしてきた落合監督が、目を真っ赤にしている。目を疑う光景だった。

そして、優勝が決まり胴上げも終わったあとの優勝監督インタビューで、落合監督はまた泣いた。「キャンプから厳しい練習させてきて、どうしても優勝しなくちゃいけない、こいつらをどうしても優勝させてやらないといけない、そう考えて…ずっと…」そのあとは言葉にならなかった。でもそれ以上の言葉は要らなかっただろう。一段と高まったスタンドの歓声が彼の涙に応えていた。中日ファンでならずとも、グッとくる場面だった。

鬼の目にも涙、とはまさにこのことだろうな、と思った。いささか古い話だが、東京オリンピックの女子バレーボールで、東洋の魔女を金メダルへと導いた大松監督の話を思い出した。「鬼の大松」と言われたほど厳しく選手を鍛え上げた彼が、金メダルを取って大泣きに泣いたのだった。普段泣かないからこそ、流す涙に価値はある。大観衆の前で男泣きに暮れる落合監督を見て、「いい男だなあ」と思った。

一方の日本ハムの優勝の場面も、また違う味わいがあって感動的だった。

0-0の9回裏。稲葉の鋭い打球が二遊間を襲う。間一髪で追いついた二塁手がベースカバーに入ったショートにトス。きわどい判定がセーフとなる間に、セカンドランナーの森本が好判断でホームベースを陥れた。今期リーグで一番多くホームベースを踏んでいる1番が出塁し、リーグで最も多く送りバントを決めている2番バッターが送って、打点王を擁するクリーンアップで点を取る。1点を確実にものにする、今期のファイターズの攻撃を象徴するサヨナラの場面だった。

しかし、最も感動的だったのは、チームに25年ぶりの優勝をもたらしたのが、トレイ・ヒルマンだったということだろう。ヒルマン監督のインタビューは、落合監督のそれとはまた違って実にさわやかなものだったが、それが逆に感慨を深くさせた。

4年前、メジャーでのプレー経験が全く無く、キャリアといえば、マイナー球団の監督経験しかなかったアメリカ人の彼を連れてきた球団の決断もすばらしいが、アメリカでも最もアメリカ的なテキサス出身でありながら、一度も訪れたことの無い日本で監督としての挑戦を決意した彼の心意気はいかほどのものであったか。そしてそれからの苦労はどれほどのものであったか。

それは大変な苦労であったに違いない。しかしお立ち台の上の彼はいつもとさほど変わらず和やかで、そして、からりと陽気だった。「スタンドと、全国でテレビを見ているすべてのファイターズファンを1人ずつ胴上げしたいです」と言い、決めゼリフである「シンジラレナーイ!」は「1、2の3でみなさんご一緒に」と盛り上げる。そして、彼を暖かく見守る北海道のファンがまた素晴らしい。北の大地に来て3年。ファイターズはどこにも負けないファンを持つ球団となった。

ペナント授与とグラウンド一周が終わり、球場内での記者会見が終わり、祝勝会へと移動する合間のわずかな時間。グラウンドキーパーが土を慣らし、残るファンも僅かとなったグラウンドに再びヒルマンは現れた。彼は、作業をするグラウンドキーパー1人1人に話しかけて感謝の思いを伝え、肩を叩いてその労をねぎらった。そして、まだ残っているファンには、帽子を取って深々と頭を垂れたのだった。ファイターズの躍進の秘密が分かった気がした。

ドラゴンズ、ファイターズ、どちらの勝利もそれぞれに美しかった。
この両者がぶつかり合う日本シリーズは、必ずやすばらしいものとなることだろう。
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# by redhills | 2006-10-13 15:22 | 野球

●「IKEA」探訪記 その2

右も左も分からぬままに、彼女について店内を歩く。

とにかく広い。特に天井が高い。前は何だったのかわからないが、店内は非常にゆったりしている。

それと、人が多い。平日の5時前だというのにかなりの混雑振りである。家具屋ということで当然といえば当然かもしれないが、若い人が多い。子供連れも目立つ。しかし、店内の広さのためか、圧迫感はなく、勢いというか、ニギニギ感のようなものを感じる。

どこをどう歩いたのかさっぱり分からないが、階段を降りて1階へ。どうやら台所用品は1階にあるらしい。乳母車のお化けみたいなキャリーカーに黄色いこれまたバカでかい袋を引っ掛けて、買うものをどんどん放り込んでいくというのがここでのスタイルらしい。

至るところに商品が山積みになっている。コップやらボウルやらがダンボールのまま、デーンと並んでいる。それが1個50円とか90円とかで売られている。一見百円ショップのようにも見えるが、違う。ここの商品は全て、IKEAが自ら製造しているもので、どんなに安い商品にもIKEAの4文字と個別の名前がついている。そこに品質への自負がある。

何も知らずに来てしまった自分も間抜けなのだが、IKEAというのは家具屋さんなのだ。北欧家具というと、子供の頃、イノベーターとかのカタログを見てそのデザインに憧れたものだが、IKEAはまたちょっと違う。家具作りのノウハウはそのままに、小売だけでなく、設計、開発から製造、輸送まで一貫して行い、徹底的なコストダウンで量販店並みの安さを実現している(らしい)。

さて、Hさんはテキパキと欲しいものを選んでいく。早めに来て目星をつけていたらしく、鍋やら皿やらどんどん進む。さすがは段取り屋さんだ。ただ、彼女は鍋も皿もセット商品にしたらと言うので、個別に選んだほうが良いのでは、と少し意見も述べてみる。

その結果、やたらに重くて頑丈そうなソースパンと中くらいの大きさの深鍋を選ぶ。食器の方は、皿もスプーン類もコーディネーターの意見を聞くのが良いだろう、ということになった。それまでの間、包丁やまな板、ランチョンマットなどといった、小物を選ぶ。

そうこうしているうちに、ほどなくYさん登場。実は彼女こそが今回のコーディネートの先生である。彼女は本職のコーディネーターであり、IKEAのカタログにあるセットもコーディネートしているのだ。実は我が家のインテリアコーディネートもお願いしたりしている。

ブラウン系の秋らしいいでたちで現れたYさんは、いつものごとくにこやかに微笑んでいる。「先生!」と声をかけるとちょっと照れくさそうに笑うが、動じたところが無いのが頼もしい。さっそく、悩んでいた皿などについてご意見をうかがう。

すでに彼女には我が家をくまなく見てもらっているので、我が家のキッチンに合う食器もバッチリイメージが出来ている。「これは少しトラディショナルだから、こっちの方が合うんじゃないかな」などと、一々おっしゃることに説得力がある。Hさんも私も「なるほどー」とうなるばかりである。

というわけで、スイスイと買い物は進む。じゃあお会計するか、ということで、鍋やらで膨らんだ黄色い袋を押してゆく。が、ここで枕カバーとシーツが買いたかったのを思い出した。予定外のお願いをすると、Y先生は動じることなくにっこりオッケーしてくれる。

こちらも先生の指示でたちまち決定。ついでに布団カバーも購入。「必要でしょ」と言われたら答えは決まっている。そうそう、欲しかったんですよ、これ。

寄り道もさして時間がかからずにレジへと向かう。だがこれがなかなか着かない。ゴールは遠く、天井は高い。天高く買い物袋肥ゆる秋。ゆるりゆるりと進んでゆく。家具倉庫のような場所を通る。どうやら、欲しい家具をチェックしておいて、ここで製品を探し出してレジへ持っていく、というシステムらしい。ここは1、2階吹き抜けでまた一段と天井が高い。ゆるりと一行は進んでいく。

ようやくレジに到着する。とにかく広い。何十というレジが並んでいる。家具屋さんらしく、購入する商品を客がベルトコンベアーに乗せ、それをレジの店員が会計して行く。会計の最後にYさんの社員証がキラリ。先生、ありがとう。

さて、商品の数が多いので持ち帰るのも一苦労。青い大きな袋を70円で購入するものの入りきらない。しかしそこは段取り上手なHさん。自前のキャリーバッグを持ってきている。さすがだ。割れ物などは紙などでくるんで慎重にしまう。なんとか収まりほっとする。

というわけで外に出ると、もうすでに暗くなっている。Yさんはお洒落にも今夜は西麻布でディナーということで、途中まで一緒に帰ってくれることに。一つ荷物を持ってもらう。

電車が混んでいたらどうしようと思ったが、渋谷行きは空いている。程なく座れる。心地よい達成感と満足感で話も弾む。YさんからIKEAについて話を聞く。ここのところ、開店準備で大忙しだったらしい。

渋谷でYさんと別れ、地下鉄へと乗り換えて我が家へと向かう。Hさんは昨晩、夜を徹して自分のホームページに載せる料理を作っていたということで、さすがにグロッキー気味。IKEAに来る前も都内で撮影をしていたらしい。この子の元気は一体どこから出てくるのだろうかと内心ビックリする。

赤坂で晩御飯。Hさんのチョイスでトンカツにする。ご飯とキャベツがお代わり自由なので3杯も食べる。何でトンカツ屋さんはご飯とキャベツがお変わり自由なんだろうかとHさんに尋ねるも、彼女も分からないという。

そんな時、ひょんなことから事件はおきた。それはたまたま、Hさんが自分の分として買っていた商品の値段がいくらだったか、という話になり、私がレシートを取り出して見ていた時に起きた。

(つづく)
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# by redhills | 2006-10-10 20:41 | 日記

●「IKEA」探訪記 その1

先日、IKEAに行ってきた。

原因は我が家のキッチンにある。装備の豪華さに比して食器や道具類が著しく貧弱なため、安くて良いものが買えると大人気のIKEAに買出しに行くことになったのだ。

当然のことだがこれは私のアイデアではない。友人であり料理研究家でもあるHさんの発案である。

Hさんが言い出すには理由がある。彼女は我が家で度々行われているホームパーティー(といっても特別な出し物とかはないのだ。友達が友達を連れてきてワイワイやるのである)において、毎回大変な量の料理を作っては来訪者に振舞っており、仲間内では「料理長」で通っている。その彼女が「IKEAで買出ししよう」と言い出したのである。

無理もない。口にこそ出さないものの、「あれがあったら」「これが足りない」と思っていたことだろう。それにせっかくのカッコいいキッチンも使われてナンボである。これは行かねばなるまい。

理由はそれだけではない。私の友人の中に、何とIKEAに勤めている方がいたのである。この前遊びに来てくれたYさんは、先月オープンしたばかりの横浜にある港北店で何ヶ月も前から開店に備えてきたという。その彼女が「是非に」と言う。「私がいれば社員割引もあるのよ」とまでおっしゃる。これはやはり行かねばなるまい。

というわけで、ニートの気楽さも手伝って、平日は木曜の午後遅めの時間にHさんと現地で待ち合わせをした。Yさんは仕事が早めに上がるので、そのあと付き合ってくれるという。

渋谷から東横線に乗り大倉山で降りる。店の案内では新横浜などの市営地下鉄の駅からバスというアクセスになっているが、私の場合はこれが良いとのことなのでおとなしくそれに従う。改札を出たらいきなり目の前にバスが止まっていてバス停に並んでいた人たちがゾロゾロ乗り込んでいる。「いいタイミングだなあ!」と思って乗ろうとしたら逆方向だと運転手さんに言われる。慌ててはいけない。

バスに乗って15分くらいだろうか、新開橋というところで下車する。目の前を大きな道路が走っている。第3京浜である。港北インターチェンジがすぐ近くにあり、周りには運送会社の配送センターなどがいくつかある。郊外型の店舗の立地しやすい場所だ。

歩き始めて数分は気づかなかったが、交差点に来ると目の前にIKEA港北店はそびえていた。濃いブルーに黄色で「IKEA」の文字。う~ん、スウェーディッシュカラーだ。ちょうど待ち合わせ時間である。入り口へと歩きながらHさんへ電話を入れる。

彼女はすでに店に来ていた。話を聞いたがどうも要領を得ない。1階にいるらしいのだが、1階で会うにはいろいろ大変らしい。2階に上がって欲しいと言われ、よくわからず2階を目指すことに。ところが店がとにかく大きくてなにやらよく分からない。

入り口から入ると、すぐ左手にどデカいレジエリアがある。大量の人が吐き出されて警備員のおじさんが声を張り上げて誘導している。Hさんの言うとおり、どうもこちらは通り抜け出来ないようなので右手に向かう。するとすぐにエスカレーター発見。2階へ向かう。

しかしここで妙なことに。2階に行ったのに店に入れないのである!なのに目の前に広がるガラス越しには、食堂で上手いものを飲み食いしている人たちの姿が。はて、これはどういうことか…?

もう一度電話する。話しながらもう一度上り下りを繰り返した結果、どうも自分は駐車場へ行くエスカレーターに乗ってしまったらしいことが判明する。そういえば周りは手荷物を持った人たちばかり。

なるほど。しかし、まぎらわしい。入店してからのルートは誰でも分かるようにして欲しいものだ、と店のせいにしてみる(いきなりエスカレーターを上る客はそういないだろう)。

さて、気を取り直してもう一度1階に下りて更に右手奥へと進む。するとさっと視界が開けた。吹き抜けとなっている。いかにも店の入り口らしい感じだ。エスカレーターもある。ホッとして2階へ上がるとHさんが待っていた。

(つづく)
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# by redhills | 2006-10-10 06:18 | 日記

●続々・日本沈没考

さて、いよいよ核心に入っていきましょう。
今回は演出についてです。

まずはリメイク版の監督である、樋口真嗣氏について簡単に。

彼は自他共に認めるオタクであり、90年代に社会現象になったアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」にスタッフとして参加しています。彼を一躍有名にしたのは「平成ガメラ」3部作における特撮でした。彼の手になる臨場感のある特撮シーンの数々は、当時のしょぼかった日本映画の特撮水準を大きく引き上げました。
その功績でしょうか、2005年、彼は大抜擢を受けて東宝の大作「ローレライ」のメガホンを取ることとなり、メジャーデビューを飾ります。そしてその成功により、この「日本沈没」が実写映画監督2作目となったわけです。

もちろん、彼に期待する部分の多くは特撮シーンにあることは明らかです(前作「ローレライ」も潜水艦を舞台にしたスペクタクル大作でした)。ですから、ドラマ部分に過大な期待をするべきではないと自分も思います。ですが、やはりこの作品には、特撮以外、演出で見るべきものはなかったように思います。

難しい作品だったことは間違いありません。彼自身、幼少時に旧作を観て大きな衝撃を受けており、その大ファンであることを公言しています(旧作の全てのシーンを空で言える程だそうです)。ですから、イヤと言うほど旧作を意識せざるを得なかったでしょう。至るところに旧作へのオマージュが感じられます。また、オタクぶりを遺憾なく発揮してマニア受けするような細かなネタが随所に散りばめられています。

こういった点は、エンターテイメント大作という性格からも、リメイクという事情からも、大いにアリだと自分は思います。けれど、過ぎたるは及ばざるが如しで、くどすぎるこだわりが作品の質やテンポを落としてしまったように思います。

まず旧作へのオマージュですが、テロップの多用が踏襲されていました。シーンの変わり目に「東京 ○時×分」とか、「太平洋沖 東経○度、北緯×度」とかいった字が画面に大きく出ます。これは別に奇抜な技法ではなくて、実録的な作品やドキュメンタリータッチの作品ではよく使われるものです。画面を引き締め、リアリティを出すのに効果的です。

しかし、リメイク版ではこれが必要以上に多い。レスキュー部隊の訓練の名前なんか別に要らないし、自衛隊の艦艇の正確な名称なんか知らなくても全然困らない。テロップが多すぎると、字を読むことに追われてしまい、かえって画面への集中が殺がれてしまいます。こういったところは、軍事オタクな監督が、抑えが利かずに失敗をしているところだと思います。

オタクが喜ぶネタとしては、「エヴァンゲリオン(アニメ)」ネタの数々が。親友である庵野秀明氏(エヴァの監督)や、ガンダムの富野監督のカメオ出演は良いとして、N2爆薬には笑ってしまいました。これはエヴァに出てくる強力な爆薬で、核兵器に近い破壊力を有するという設定も全く同じです。わかる奴だけに向けてニヤリとさせよう、という監督の意図が感じられます。ただ、この映画を観にきている人たちの多くにとってはどうでもいいことで、それが伝わっているかは甚だ疑問です。実際、N2爆薬と聞いて笑っていたのは、周りでは自分だけでした…。

あと自分がニヤリとしてしまったのは、小野寺の実家である福島の造酒屋を切り盛りしている姉の役を、和久井映見が演じていたことです。覚えている方も多いでしょうが、以前にテレビでやった「夏子の酒」で、若くして造酒屋の当主を継ぐことになった女性を演じたのが他ならぬ彼女でした。こういった遊び心は楽しいものです(まあ、端役に過ぎない彼女の演技が一番上手かったのは、皮肉と言えば皮肉ですが)。

さて。

以上のように、樋口監督の細部へのこだわりは特撮の懲り様にも反映されており、オタク監督の面目躍如と言えなくもありません。ですが、問題はドラマ部分なのです。
こういった映画は特撮が目玉のように思いがちですが、実はドラマがしっかりと描けていないと、大仕掛けだけが売りの薄っぺらい映画になってしまいます。リメイク版はここがイケてないのです。

樋口監督が人間を描けるのかどうかはまだ分かりません。しかし、彼が性を描けない監督であることは、もうはっきりしたと自分は思います。

これは前作「ローレライ」から感じていたことでした。男ばかり(しかも若い血気盛んな男達!)が密室に缶詰になっている潜水艦に、突如として若い女(しかもドイツとのハーフの美女!)が乗り込んできたらどうなるか。少なくとも、性に関する乗組員達の戸惑いといったものは当然起こるでしょう。ところが樋口監督はそういったものを一切描かないばかりか、ただ1人、彼女と深く心を通わすことになる特攻隊員との交流すら、通り一遍の域を出ないままに終わらせてしまいます。
この描写の薄っぺらさはどうしたものでしょう。少し意地悪なことを言えば、「天空の城ラピュタ」のゾーラ一家や「未来少年コナン」のバラクーダ号の乗組員の描写の方が、はるかに自然に性(男が女に好意を抱く様子)を表現できていると思うくらいです。

一番深く交流する男女の間にすら、性的表現が一切ない。これはあまりにリアリティーに欠けます。でもこれはある意味当然であったとも言えるのです。「潜水艦に若い女の子がいる映画を撮りたかった」という、監督自身のコメントでも明らかなように、明らかに「始めに設定ありき」だったのです。ですから、女性の扱いがモノの様になり、映画の中から性がスッポリと抜け落ちているのも納得なのです。

そしてやはりというべきか、本作においても、性は丁寧に切り取られていました。
それは次のシーンに象徴されていました。

物語も終盤、玲子がレスキュー活動をしているキャンプを小野寺が訪れた場面。彼はある決意を秘め、彼女に最後の別れを告げに来ます。しかし、その前に会った時に気まずい別れ方をしたわだかまりが邪魔をして、二人の会話はうまくかみ合いません。しかしその夜、二人はついに互いの気持ちを通わせます。静まり返ったテントの中で抱き合う二人は、ゆっくりとキスをします。「抱いて…」つぶやく玲子。彼女を背中から抱いていた小野寺は…。

何にもしないんですよ!これが!!

なぜ? どーして?

愛を告げた男と女が、明日をも知れない状況で、最後になるかも知れない夜を過ごしていて、しかも女の方から「抱いて」って言ってるのに!
玲子の気持ちはどうなんのよ!

自分が一番不可解に感じたシーンでした。

本作品における、樋口監督の性の回避はこれだけではありません。彼は小野寺に、自分と玲子、そして震災孤児の少女とで家族になってイギリスで生きていこう、と言わせます(玲子は拒否しますが)。これはつまり、性の介在しない家族を設定したということです。主役の二人の間に性的関係を作らずに子供まで作って家族を作る。自分は、そこまで性を避けるのはなぜですか、と監督に聞きたい衝動に駆られました。

(つづく)
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# by redhills | 2006-10-02 21:25 | 映画

●続・日本沈没考

あああぁぁぁぁぁ・・・・・。
大反省・・・・。

更新をサボっている間にとんでもないことが起きてしまいました。
丹波哲郎御大、大霊界へ旅立つ―――。
御大、すみません!!!!
確かに御大の代表作は「007」や「砂の器」、「Gメン」でしょう。
ですが、「日本沈没」での山本総理役の名演は私の心に残っています。
今回は、その総理役のことも含め、キャスティングについて論じてみます。

前回、リメイクの出来が良くなくてもショックはなかった、と書きましたが、あれは実はウソです。正確に言えばショックはあったのです。ただし、それは出来が悪かったからではなくて、「リメイクしちゃうのかぁ」、という思いだったのです。つまり、製作が決定した時点でショックを感じたわけです。
でもそれは、旧作が好きだからリメイクするな、という気持ちからではありません。それどころかむしろ自分はリメイクに大賛成だったのです。というのも、実は以前から自分の中で「今映画化したら受けるだろうな」と思っていた企画(というほどのものじゃないです)が2つあって、そのうちの1つがズバリ、「日本沈没リメイク」だったのですから。だから、製作が決まったと聞いて勝手に、「アイデア取られた!」みたいな気持ちになったわけです(笑)。ちなみに、もう1つの企画は「ワイルド7」(望月美起也原作)です。超国家的テロ組織を殲滅するべく秘密裡に組織された、曲者ぞろいの超法規的特務部隊による、バイクをメインにしたハードアクションは受けるのではないかと思います。監督はジョン・ウーを希望(でも彼じゃさすがにMI2の二番煎じととられちゃうか)。

おっと、話が逸れました。
東海大地震が叫ばれ、阪神、北越と震災が続く現代にあって、日本が沈没するという大災害はまったくの絵空事ではないでしょう。加えて、進歩した特撮や音響技術で新たなスペクタクルを見せると言うのも興味をそそります。リメイクばやりの昨今、これに手をつけない手はないと思っていました。
自分の中で何度となく、日本沈没リメイク、自分ならこうやる…と妄想してみたものです。しかしいつも決まって「やっぱり無理だなあ」という結論になってしまいました。それはなぜか?それは「小野寺を演る役者がいなかったから」です。

そうなんです。主役の小野寺を草なぎ剛がやると聞いた時は本当に驚きました。
まったくピンと来ませんでした。

簡単に説明しますと、小野寺は、深海調査艇「わだつみ」の腕利きパイロットであり、田所博士の調査にクルーとして加わったことから、日本近海で起きている異変に遭遇し、1年以内に日本が沈没するという、驚愕の事実をいち早く知ってしまう。操艇の腕を見込まれると同時に、秘密を知ってしまったことから、逃れようもなく日本政府の極秘プロジェクト「D計画」に関わっていくことになる一方で、外部の誰にも、家族にすら真実を話すことが出来ないつらさを味わう。最後のところで彼は海外へと逃れようとするが、結局は自分の愛する人1人も救えないという事態に陥り、大自然の力の前に己の無力さを感じつつ、悪戦苦闘する。

この小野寺役を、旧作では藤岡弘が演じている。
仮面ライダー(本郷猛)役が大当たりし、当時アクションスターとして人気を博していた彼が、本格俳優を目指して取り組んだのが、この「日本沈没」だった。天地がひっくり返るような大天災を前に、汗と泥まみれになって走り回る役どころは、彼のキャラクターにピタリとはまっていた(ただ欲を言えば、彼の暑苦しさエキスを残らず絞りきってなかったのが惜しい。それに成功していたらもっと良くなったと思うけど)。

では翻って今、この小野寺を演じられる俳優がいるだろうか?

今の日本は、肉体で語れる若手俳優がほとんどいない。ひ弱で淡白な役者ばかりだ。でなきゃ、元気だけは良くても、ガキっぽくて演技のエの字も分からんようなタレントしかいない。ちと毛色は違ってコミカル色がでるが、ダイ・ハードのブルース・ウィリスみたいな、悪戦苦闘型の肉体派俳優がいないのだ。みんなどこかスマートで汗臭さ泥臭さがないんだよね(余談だけど、今回共演してたミッチーなんか野性味を出そうってんで髭なんか生やしてたけど、あの程度じゃ単なるオシャレにしか見えん)。
確かに浅野忠信みたいに動きも演技もうまい役者はいるけど、どこかエキセントリックでストレートじゃない。日本的っちゃ日本的だけど、パニック映画には不向きなんだな。その点藤岡弘はハマリ役だった。
草なぎ君に恨みは無いけれど、はっきり言って、不満ありありなわけですよ。

次に、もう一人の主役と言っても良い田所博士のキャスティング。小林桂樹とトヨエツの対決なんだけど、これがまたエラく差がついた。
まあ、トヨエツも相手が悪すぎたよ。旧作での日本沈没のリアリティーの半分は名優、小林桂樹がもたらした、と言ってもいいくらい、彼の演じた田所は素晴らしかった。まず最初の日本海溝の潜航シーンからして、観る者をグイと引き込んでしまう。そしてそれからも彼の演技からは、誰よりも日本のことを深く知り、また深く愛していた偏屈者の苦悩が余すことなく表現されていた。
一方、新作の田所はただのエキセントリックなマッド・サイエンティストにしか見えない。とにかく一つ一つの動きにリアリティーがないんだよね。確かに脚本の駄目さはあるが、トヨエツってこんなに演技下手だったかなあ。いや、そもそも彼って演技うまかったっけ。そういえば、彼の代表作って何だろう。思いつかん(笑)。

続いては政治家たち。つまりは首相のキャスティング(丹波哲郎と石坂浩二)なんですが、こちらも旧作の圧勝です。
まずもって、政治家としての、置かれた状況の重みの表現が違いすぎる。そもそも、なんで石坂浩二が総理大臣なのか理解に苦しむ。ちょっとインテリな初老の男って感じで選んだのかね。影薄いし(これは脚本のせいだけど)。もっといい役者いるだろ。山崎努とか緒形拳とか。もう少し若いところなら、クサすぎて自分は気に入らないけど、役所とかね。

でも結局誰がやっても、旧作の丹波には及ばなかったろうな。
大派閥のボスでもなく、地盤が強固でもない一介の政治家が、図らずも日本沈没という未曾有の大事態に対処することを運命付けられてしまう。彼は、始めのうちは余りの重圧に逃げ出したくなる衝動に駆られるが、苦悶しつつも政治家としての使命に目覚め、段々と腹を決めていく。旧作では総理大臣の変わっていく様が良く演じられていた。中でも、渡老人との密談である事を聞かされて涙ぐむ場面は出色の出来で、ここは、田所が船の甲板で「日本が沈むんだ」とはっきり告げる場面と並ぶ名場面だ。
しかして新作はどうかというと・・・。なんと、あの丹波の一世一代の名演技の場面を出さずに、石坂の長セリフでの説明で済ませてしまうというお手軽さ!ああ、なんたることか!あんな使い方するならいっそのこと、あのセリフは切って欲しかった。

さて、残るは女性のキャスティングですが。
これが難しい。なんせ、ヒロインである阿部玲子のキャラが大きく変わっている。まあ、時代なんだろうけど。だからいしだあゆみと柴崎コウを比べることは出来ないと思う。でも・・・。いや、柴崎は演技は下手じゃない(ややワンパターンの感じはするけど)。「メゾン・ド・ヒミコ」とか良かった。でも本作では・・・。正直言って、彼女らしさが感じられなかった。誰が演じても同じだったんじゃないかとすら思う。でもこれってつまりは、演出と脚本がダメって事なのかな。
あとは大地真央が演じた文部科学大臣は旧作には登場しないので、これも比較できないけど、自分はピンと来なかった。思うに、この役こそ、いしだあゆみがやるべきだったと思う。

キャスティングについてはこれくらいにしとこう。
結論として、納得のいく配役は主なところ(旧作で共通するもの)ではありませんでした。

そういえば、今日は新しい総理大臣が誕生した日でしたね。今日本沈没となったらどうなることやら。

(つづく)
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# by redhills | 2006-09-26 19:32 | 映画

●日本沈没考

本当に唐突だがこの際日本沈没について考えてみたい。

といっても、いよいよ自民党総裁選も始まり、安倍総理確実という情勢の中、日本の未来に悲観した、というわけではない。
単に映画の「日本沈没」を観て思ったことを書いてみようと思ったのに過ぎないのだが、では単なる映画評かというと必ずしもそうであるとは言い切れないのであって、もしかすると、この大作映画について考えてみることで結果として、日本「映画」沈没?という結論に至るかもしれない、と思った次第。さて、どうなることやら。

まず結論から言えば、平成版「日本沈没」は特撮以外は見るところのない映画でした。

大作映画、それもリメイク版ですから、もともと過度な期待は持ってなかったので特にショックはなかったです。とても名作というレベルにはなく、様々な点で困った作品だなあ、と思いました。以下、特撮、キャスティング、演出、脚本といった切り口で書いてみようと思います。

あ、予めお断りしておりますが、話題は多岐にわたりますからかなりの長文になりますし、ネタバレ御免という前提で書きますので、映画を未見の方でこれから観ようと思っておられる方は、ここから先は読まれない方が良いかもしれません。

さて、まずは良いところから行きましょうか。

パート1:特撮~意外といけてます

正直言って、思ってたよりずっと良かったです。普通に面白かった。さすがは特撮を撮らせたら当代きっての樋口監督です。

序盤に出てくる、阿蘇が噴火して熊本城に火山弾が降り注ぐシーンは迫力あったし、主人公の関係者が避難中に遭遇する地滑りのシーンなんかもなかなか恐かった。吊り橋が飴玉のようにたわんで崩れていく様はもっと近くで見たかったけど。

もう一つのポイントである深海での潜航シーンは可もなく不可もなくって感じだった。ちゃちくはないけど、海底の様子がいまいち分からなかった。もっと海底を恐ろしく描写して欲しかった。なんたって、大地殻変動の現場なんだからさ。

クライマックスの爆破シーンはスケール感が足りなかったな。なにせ日本列島が乗っかってる地殻プレートにミシン目を入れちまおうってんだからもっとハッタリかまさなきゃ!「ロード・オブ・ザ・リング」で、ミナスティリスからローハンへと数百年ぶりに狼煙のSOS信号が点々と伝わっていくシーンなんかのほうが、ずっと良かったなあ。

でもまあ、ワクワクしたい向きには楽しめるレベルにはなってたと思う。がんばったと思うよ。
もちろん特撮は後から作るほうが出来がいいのは当たり前だから、この点についてだけは新旧比較はナンセンス。とはいえ、旧作も当時としてはやれることは全てやったはず。ゴジラを生んだ円谷プロが総力を挙げたわけで、当時の世界最高水準だったと思う。カットの仕方次第でもっと緊迫感は出せたと思う。

ま、旧作のことは脇においておくとして、1点苦言を挙げるとすれば、災害シーンが多すぎてやや冗長に感じられたところかな。もちろん、日本が沈むというのは何百、何千という天災の連続なんだろうけれど、途中で脈絡も無く地震や津波のシーンを繰り返されてもちょっと飽きてくる。上で褒めた阿蘇のシーンと地滑りのシーンがなぜ良かったかと言うと、どちらも登場人物が絡んだシーンだったから。特撮シーンを畳み掛けることによる効果が欠けていた訳は後で触れるとして、特撮技術そのものは楽しめました。

ということで、まずは褒めといて、と。

次からは遠慮なく行こうと思います(笑)。

(つづく)
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# by redhills | 2006-09-11 22:24 | 映画



赤坂日記・・・赤坂在住の"Akasakan" リトルが、東京のへそで日々の思いを綴る。
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